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体と心の性が一致しないとき ~性同一性障害(性別不合)を知る~

gender-dysphoria 障害福祉
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性同一性障害は、決して特別な人だけに関係のある話ではありません。私たちの社会に多様な人々が暮らしているように、性のあり方もまた多様です。しかし、体と心の性が一致しないという感覚は、多くの人にとって想像しにくいかもしれません。そのため、誤解や偏見が生まれやすいのが現状です。

このブログでは、性同一性障害について、最新の科学的知見に基づき、できる限り分かりやすく、そして正確に解説していきます。

長い記事になりますが、最後まで読んでいただくことで、性同一性障害とは何か、当事者はどのような困難を抱え、どのように自分らしく生きる道を探しているのか、そして私たち一人ひとりに何ができるのか、その全体像を理解していただけるはずです。

医学的な側面だけでなく、当事者の声や実際のケース、法的な課題など、様々な角度から光を当てていきます。どうか、開かれた心で読み進めていただければ幸いです。

はじめに:「性同一性障害」とは何か? 誤解を解きほぐす第一歩

まず、この記事で扱う「性同一性障害」という言葉について説明が必要です。

かつて、この言葉は「性同一性障害」として診断されていました。しかし、最新の診断基準であるDSM-5(Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, Fifth Edition:精神疾患の診断・統計マニュアル第5版)では、「性別不合(Gender Dysphoria)」という用語に変更されています。

なぜ名称が変わったのでしょうか? 「障害」という言葉には、「病気である」「治療して治すべきもの」といった否定的なニュアンスが含まれやすいからです。しかし、性別不合は、病気というよりも、体と心の性が一致しないことによって生じる「苦痛」や「困難」に焦点を当てた概念です。世界保健機関(WHO)でも、国際疾病分類第11版(ICD-11)において、「精神疾患」の章から移行し、「性の健康に関する状態」の章に位置付けられることが決定しています(「性別不合」または「性の不一致」といった名称が検討されています)。これは、性別不合そのものを精神疾患としてではなく、医療的なケアやサポートが必要な状態として捉え直そうという世界の流れを反映しています。

ただし、日本ではまだ「性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律」(特例法)があり、法律上の名称として「性同一性障害」が使われています。そのため、この記事では、歴史的な経緯や法律上の名称に言及する際は「性同一性障害」を用い、現在の医学的な考え方や診断基準に触れる際は「性別不合」という言葉も適宜使用します。

重要なのは、性同一性障害または性別不合とは、**「生物学的な性別(体つきや染色体など)と、自分自身の性別についての内面的な感覚(性自認)が一致しない状態」**を指すということです。そして、その不一致によって、本人が強い苦痛(性別違和)を感じたり、社会生活に支障をきたしたりする場合に、診断の対象となります。

性同一性障害は、性的指向とは異なります。 性的指向とは、どのような性別の人に恋愛感情や性的な魅力を感じるか、ということです(例:異性愛、同性愛、両性愛、無性愛など)。性同一性障害は「自分自身の性別が何か」というアイデンティティに関わるものであり、「誰を好きになるか」とは直接関係ありません。体は男性として生まれても性自認が女性であるMtF(Male to Female)の方でも、恋愛対象が男性である場合も女性である場合もありますし、両性である場合や特定の性が恋愛対象ではない場合もあります。この点は、非常によく誤解されるポイントなので、最初にしっかりと押さえておきましょう。

このブログを通じて、私たちは以下のことを目指します。

  • 性同一性障害/性別不合についての正確な知識を身につける。
  • 当事者が経験する性別違和や困難について理解を深める。
  • 診断や治療(移行)のプロセス、法的な課題について知る。
  • 多様な性のあり方を認め、お互いを尊重できる社会を作るための一歩を踏み出す。

さあ、性同一性障害/性別不合の世界へ、一緒に旅を始めましょう。

性同一性障害の「なぜ」に迫る:原因とメカニズムはどこにあるのか?

「なぜ、体と心の性が一致しない人がいるのだろう?」これは、性同一性障害について考える上で、多くの人が抱く疑問です。かつては、「育てられ方」や「トラウマ」といった心理的な要因が原因だと考えられていた時代もありました。しかし、現在の科学的知見に基づけば、これらの古い説は否定されています。 性同一性障害/性別不合は、個人の意思や環境だけで決まるものではなく、もっと生物学的な、私たちの体の仕組みに関わる要因が複雑に絡み合って生じると考えられています。

では、具体的にどのような要因が考えられているのでしょうか。複数の研究から、以下の点が示唆されています。

1. 脳の構造と機能の違い

私たちの性別は、外見だけでなく、脳の構造や機能にも影響を受けて形成されます。妊娠中のホルモンの影響などにより、脳の性分化(男性脳、女性脳への発達)が起こります。現在の研究では、性同一性障害/性別不合のある人々の脳の構造や活動パターンが、出生時に割り当てられた性別の人々よりも、性自認が一致する性別の人々に近い傾向があることが示されています。

例えば、ある研究では、MtF(男性から女性へ移行したいと願う人)の脳の特定の領域の大きさやニューロンの密度が、シスジェンダー男性(出生時に男性と割り当てられ、性自認も男性である人)よりもシスジェンダー女性に近いことが報告されています。同様に、FtM(女性から男性へ移行したいと願う人)の脳も、シスジェンダー女性よりもシスジェンダー男性に近い特徴を持つ可能性が示唆されています。

ただし、これらの研究はまだ発展途上であり、脳の構造や機能の違いが性同一性障害/性別不合の原因なのか、それとも性別違和を経験した結果として生じるのか、あるいは別の要因が影響しているのか、といった点は明確にはなっていません。しかし、脳の性分化の過程で、体の性分化とは異なる影響が生じ、脳と体の性が一致しない状態が生まれる、という仮説は有力視されています。

2. 遺伝的要因

遺伝子も、性同一性障害/性別不合の発症に影響を与える可能性があります。家族内で性同一性障害/性別不合を持つ人が複数いるケースや、双生児研究から、遺伝的な要素が関与していることが示唆されています。特定の遺伝子のバリアント(多様性)が、性ホルモンの感受性や脳の発達に影響を与え、性同一性障害/性別不合のリスクを高めるのではないかと考えられています。

しかし、これも単一の「性同一性障害遺伝子」のようなものが見つかっているわけではありません。複数の遺伝子が複雑に相互作用することで、性同一性障害/性別不合になりやすくなる体質が生じる、といった多遺伝子的な影響が考えられています。

3. ホルモンの影響

出生前の胎児期における性ホルモン(テストステロンやエストロゲンなど)への曝露が、脳の性分化に影響を与えることが知られています。妊娠中のホルモンバランスの乱れや、特定の薬剤への曝露などが、後の性同一性障害/性別不合に関与する可能性が研究されています。また、思春期に分泌される性ホルモンも、性自認の発達に影響を与える可能性が指摘されています。

ただし、これも「妊娠中に〇〇すれば性同一性障害になる/ならない」といった単純な話ではありません。ホルモンの影響は非常に複雑であり、他の要因と組み合わさることで影響が出ると考えられています。

4. その他の要因

上記の要因以外にも、環境要因などが影響する可能性も否定できませんが、これまでの研究で明確な関連性は見つかっていません。「育てられ方」や「性的虐待」などが性同一性障害の原因であるという古い説は、科学的な根拠がなく、当事者への不当な偏見を生み出すものであるため、きっぱりと否定されるべきです。

結論として、性同一性障害/性別不合は、単一の原因で説明できるものではなく、遺伝的要因、脳の構造や機能、ホルモンの影響など、複数の生物学的な要因が複雑に絡み合って生じるものと考えられています。 これは、生まれつきの、その人のアイデンティティの根幹に関わる特性であると言えます。風邪のようにウイルスに感染して発症するものではなく、また、本人の意思でそうなるものでも、そうならないように努力できるものでもありません。

この理解は、性同一性障害/性別不合のある人々を、病気ではなく、多様な性を持つ人々の一人として尊重するための重要な基盤となります。

当事者の声:性同一性障害はどのように感じられるのか?

性同一性障害/性別不合が、生物学的な要因が複雑に絡み合って生じるものであることを理解した上で、次に重要なのは、当事者が実際にどのような感覚を持ち、どのような経験をしているのかを知ることです。これは、外からは見えにくい、内面の深い部分に関わることです。

性別違和の感じ方は、人によって、また年齢によっても大きく異なります。しかし、多くの当事者に共通する感覚や経験があります。

1. 幼少期からの違和感

性同一性障害/性別不合のある人の中には、非常に幼い頃から、自分の体の性と、自分自身の性別についての感覚が一致しないことに気づく人がいます。

  • 遊び方の好み: 出生時に男性と割り当てられた子が、いわゆる男の子向けの遊び(戦隊ごっこ、車など)よりも、女の子向けの遊び(おままごと、着せ替え人形など)を好んだり、逆に、出生時に女性と割り当てられた子が、いわゆる女の子向けの遊びよりも、男の子向けの遊びを好んだりする。
  • 服装へのこだわり: 自分の体の性とは異なる性の服を着たいと強く願ったり、自分の体の性の服を着ることを嫌がったりする。
  • 性別役割への抵抗感: 周囲から期待される自分の体の性の役割(「男の子だから泣かないの」「女の子らしくしなさい」など)に強い抵抗を感じる。
  • 自分の体を否定的に捉える: 自分の生殖器や体の特徴に対して、強い嫌悪感や違和感を抱く。

もちろん、これらの行動や好みがあるからといって、全ての子どもが性同一性障害であるわけではありません。しかし、性同一性障害のある子どもは、これらの違和感やこだわりが非常に強く、持続的であることが多いです。そして、周りの大人から理解されず、「わがまま」「おかしい」と否定されることで、深く傷ついたり、自分の気持ちを抑え込むようになったりすることがあります。

2. 思春期の葛藤

思春期は、体が大きく変化し、第二次性徴が現れる時期です。この時期に、自分の体の性が明確になることで、性同一性障害/性別不合のある多くの人が強い性別違和を感じ、深刻な葛藤を抱えます。

  • 第二次性徴への嫌悪: 出生時に男性と割り当てられたMtFの当事者は、声変わり、ひげが生える、筋肉がつくといった体の変化に強い苦痛を感じます。逆に、出生時に女性と割り当てられたFtMの当事者は、生理が始まる、胸が膨らむ、体脂肪がつくといった体の変化に苦痛を感じます。
  • 自分の体を隠そうとする: 体の変化を隠すために、特定の服装を選んだり、人前で着替えることを避けたりします。
  • 将来への不安: 自分の体の性として大人になることへの強い不安や絶望感を抱きます。
  • 孤立感: 周囲の同級生と性のあり方について話せず、孤立感を深めます。
  • 精神的な不調: 性別違和による強いストレスから、うつ病や不安障害を発症したり、自傷行為や自殺念慮を抱いたりするリスクが高まります。

この時期に適切なサポートや情報にアクセスできないことは、当事者の精神的な健康に深刻な影響を与えます。

3. 社会生活での困難

大人になってからも、性同一性障害/性別不合のある人々は、様々な社会的な困難に直面します。

  • 名前や性別の公的な取り扱い: 戸籍上の性別と性自認が異なるために、日常生活の様々な場面で不便や困難が生じます。例えば、病院の問診票、学校や職場の名簿、公的な手続きなどです。名前と外見の性の印象が異なるために、誤解されたり、プライバシーに踏み込まれたりすることもあります。
  • トイレや更衣室の使用: 自分の性自認に基づいたトイレや更衣室を使用することに、周囲の目が気になったり、トラブルになったりするリスクがあります。
  • 就職活動や職場での困難: 外見と戸籍上の性別が異なることや、性別移行のプロセスについて説明する必要があることなどから、就職活動で不利になったり、職場でハラスメントを受けたりするケースがあります。
  • 医療へのアクセス: 性同一性障害/性別不合に関する専門的な医療機関が限られていることや、保険適用に関する課題などから、適切な医療にアクセスすることが難しい場合があります。
  • 人間関係: 家族や友人、パートナーにカミングアウトすることに葛藤があったり、理解を得られずに人間関係が悪化したりすることがあります。

これらの困難は、性同一性障害/性別不合そのものによって生じるというよりも、社会の側が性の多様性を受け入れられていないことによって生じている側面が大きいと言えます。

「体と心の性が一致しない」という感覚は、具体的にどのようなものなのでしょうか?

これは、言葉で説明するのが非常に難しい感覚です。しかし、当事者の方々の言葉を借りると、以下のような表現がよく聞かれます。

  • 「自分の体にフィットしていない、借り物のような感覚」
  • 「鏡を見るたびに、自分ではない誰かが映っているような違和感」
  • 「本来あるべきではないものが体についている、または、あるべきものがないような感覚」
  • 「自分の魂と体がバラバラになっているような感覚」
  • 「性別という枠に押し込められているような息苦しさ」

これらの感覚は、単なる「違和感」という言葉では表しきれない、深い苦痛や اضطراب(切迫した不安)を伴うことがあります。これが「性別違和(Gender Dysphoria)」と呼ばれるものです。性別違和は、生活の質を著しく低下させ、精神的な健康に深刻な影響を与える可能性があります。

性同一性障害/性別不合のある人々は、このような内面の感覚を抱えながら、社会の中で自分らしく生きていくための道を模索しています。その道のりは、決して平坦なものではありません。しかし、適切なサポートや医療、そして社会の理解があれば、自分らしい人生を送ることが可能です。

診断と医療:性同一性障害と向き合うプロセス

性別違和を抱え、「自分は性同一性障害かもしれない」と感じたとき、多くの人が専門の医療機関を受診することを考えます。診断を受けることは、自分自身の状況を理解し、今後の道を考える上で重要なステップとなります。

1. 診断基準:DSM-5における「性別不合」

現在、世界的に広く用いられている診断基準は、アメリカ精神医学会が発行するDSM-5です。DSM-5では、「性別不合」として診断基準が設けられています。診断には、以下の少なくとも2つの基準が、6ヶ月以上にわたって持続していることに加えて、この状態が臨床的に意味のある苦痛、または、社会的、職業的、または他の重要な領域における機能の障害を引き起こしていることが必要です。

DSM-5における性別不合の診断基準(一部抜粋、要約)

A. 個人の出生時に割り当てられた性別と、自分の性別に関する内面的な感覚との間に、明確な不一致が存在する。以下のうち少なくとも2つが、6ヶ月以上にわたって持続している。

  1. 自分の出生時に割り当てられた性別とは別の性別であるという、あるいは別の性別になりたいという、強い願望
  2. 自分の出生時に割り当てられた性別の第一次性徴または第二次性徴からの脱却を求める強い願望(青年期以降の個人)
  3. 自分の出生時に割り当てられた性別とは別の性の第一次性徴または第二次性徴があることに対する強い願望
  4. 自分の出生時に割り当てられた性別と著しく異なる性であるという強い感覚
  5. 自分の出生時に割り当てられた性別の役割や活動に対する強い嫌悪
  6. 自分の出生時に割り当てられた性別の別の性の役割や活動に対する強い願望

B. この状態が、臨床的に意味のある苦痛、または、社会的、職業的、または他の重要な領域における機能の障害を引き起こしている。

この基準からわかるように、性別不合の診断は、単に「異性の格好をしたい」といった一時的な願望や、性的指向に関する悩みとは明確に区別されます。診断には、性別についての内面的な感覚と体の性との間の持続的な不一致と、それによる苦痛や機能障害の存在が不可欠です。

2. 診断のプロセス

性同一性障害/性別不合の診断は、専門の精神科医や、性同一性障害に関する知識と経験を持つ医師によって行われます。診断は一度の診察で確定するものではなく、時間をかけて複数回の面談を通じて慎重に進められます。

診断プロセスでは、主に以下の内容が確認されます。

  • 生育歴の聴取: 幼少期からの性別に関する感覚や行動、思春期の経験、学校や社会生活での適応状況などについて詳しく話を聞きます。
  • 現在の状況の確認: 性別違和の具体的な内容、苦痛の程度、日常生活への影響などについて確認します。
  • 精神状態の評価: うつ病、不安障害、統合失調症など、性別違和以外の精神的な問題を抱えていないか評価します。これらの精神疾患が存在する場合、性別違和の診断や治療方針に影響を与える可能性があるため、慎重な鑑別が必要です。
  • 体の性の確認: 必要に応じて、染色体検査やホルモン検査を行い、生物学的な性を確認することがあります。ただし、これらの検査結果だけで性同一性障害/性別不合の診断がなされるわけではありません。
  • 他の可能性の除外: 身体的な性の発達異常(性分化疾患など)や、他の精神疾患による症状ではないことを確認します。

診断の過程では、医師との信頼関係が非常に重要です。自分の感じていることを正直に話し、疑問に思うことは遠慮なく質問しましょう。診断が確定するまでには、数ヶ月から1年以上かかることもあります。これは、誤診を防ぎ、当事者にとって最善の道を共に見つけるために必要な時間です。

3. 誤診の可能性と慎重な診断の重要性

性同一性障害/性別不合の診断は非常に専門的であり、安易な診断は避けるべきです。特に、思春期においては、性のあり方について揺れ動くこともあり、慎重な判断が求められます。経験の少ない医師による診断や、十分な時間をかけない診断は、誤診につながる可能性があります。

誤診は、当事者にとって不適切な治療や支援につながり、深刻な結果を招く可能性があります。そのため、診断を受ける際には、性同一性障害/性別不合に関する専門的な知識と経験を持つ医師がいる医療機関を選ぶことが重要です。

もし診断や治療方針に疑問を感じた場合は、セカンドオピニオンを求めることも有効です。複数の専門医の意見を聞くことで、より安心して今後の道を考えることができるでしょう。

診断を受けることは、性同一性障害/性別不合のある人々が、自分自身のアイデンティティを受け入れ、自分らしく生きていくための最初の一歩となります。しかし、診断自体が目的ではなく、その後の自分らしい生き方を見つけるための手段であることを理解しておくことが重要です。

トランスジェンダーの歩み:移行の選択肢と道のり

性同一性障害/性別不合の診断を受けた後、多くの当事者が考えるのが「移行(Transition)」です。「移行」とは、性自認と体の性を一致させるために、社会的な側面、法的な側面、医学的な側面から変化していくプロセス全般を指します。ただし、全ての性同一性障害/性別不合のある人が移行を望むわけではありません。 移行を選択するかどうか、どのような方法で移行するかは、個人の性別違和の程度、価値観、ライフスタイルなどによって全く異なります。

移行には、主に以下の3つの側面があります。

1. 社会的な移行

社会的な移行は、服装や髪型を変えたり、名前や代名詞を変えたりするなど、日常生活の中で自分の性自認に沿った性別で生活を始めることです。これは、必ずしも医学的な処置を伴うものではありません。

  • 名前と代名詞の変更: 自分の性自認に合った名前を使用し、周囲にもその名前や代名詞(例:「彼」「彼女」「彼ら」など)で呼んでもらうよう伝えます。これは、当事者にとって非常に重要なステップであり、自己肯定感を高めることにつながります。
  • 服装や髪型の変更: 自分の性自認に合った服装や髪型をすることで、自分らしさを表現します。
  • 社会生活: 自分の性自認に沿った性別で、職場や学校、友人関係などで過ごします。

社会的な移行は、医学的な移行を行う前に、または医学的な移行と並行して行うことが一般的です。これは、その性別で生活することが自分にとって適切かどうかを確認する期間ともなります。

2. 医学的な移行

医学的な移行は、性別違和を軽減するために、医療的な処置を行うことです。これには、ホルモン療法や性別適合手術などがあります。医学的な移行を選択するかどうかは、個人の性別違和の程度や、どのような体の変化を望むかによって異なります。

  • ホルモン療法:ホルモン療法は、性同一性障害/性別不合のある人々が、自分の性自認に合った体の特徴を発達させるために行われます。FtMの当事者には男性ホルモン(テストステロン)が、MtFの当事者には女性ホルモン(エストロゲンなど)が投与されます。
    • FtMへの男性ホルモン療法: 声が低くなる、筋肉がつく、体毛が増える、生理が止まる、皮脂が増えるなどの効果があります。
    • MtFへの女性ホルモン療法: 皮膚が滑らかになる、体脂肪が女性的なつき方になる、胸が膨らむ(限定的)、体毛が薄くなる、筋肉がつきにくくなるなどの効果があります。
    ホルモン療法は、望む体の変化をもたらす一方で、様々なリスクも伴います。例えば、ホルモンバランスの変化による体への負担、血栓症のリスク、骨密度への影響、将来の妊孕性(妊娠・出産する能力)への影響などが考えられます。そのため、ホルモン療法を行う際には、専門医の管理のもと、定期的な血液検査などで体の状態を確認しながら慎重に進める必要があります。また、ホルモン療法を開始する前に、将来子どもを持つことを希望するかどうかなど、妊孕性温存に関する情報提供と検討が重要です。
  • 性別適合手術(SRS: Sex Reassignment Surgery):性別適合手術は、性別違和を抱える当事者が、自分の性自認に合った性器の形状やその他の体の特徴を得るために行う手術です。性別適合手術は、非常に侵襲性の高い医療行為であり、不可逆的な変化をもたらします。そのため、手術を受ける前には、十分な精神科的な評価やカウンセリングを受け、手術に関する情報(手術内容、リスク、回復期間、費用など)を十分に理解した上で、本人の明確な意思決定が必要です。性別適合手術には、FtMとMtFでそれぞれ異なる手術があります。
    • FtMの性別適合手術:
      • 乳房切除術(胸を平らにする手術)
      • 子宮・卵巣摘出術
      • 陰茎形成術(陰茎を新しく作る手術)または陰核肥大術(陰核を大きくする手術)
      • 陰嚢形成術(陰嚢を新しく作る手術)など
    • MtFの性別適合手術:
      • 睾丸摘出術
      • 陰茎切断術
      • 造膣術(膣を新しく作る手術)
      • 乳房増大術
      • 声帯手術(声を高くする手術)
      • 顔面女性化手術(FFS: Facial Feminization Surgery、顔の骨格や軟部組織を女性的な特徴に変える手術)など
    これらの手術は、全てを一度に行うわけではなく、個人の希望や体の状態に合わせて段階的に行われることが一般的です。手術には、感染、出血、血栓、臓器損傷、機能障害などのリスクが伴います。また、手術後の回復には時間がかかり、リハビリテーションが必要な場合もあります。日本の法律における性別適合手術の要件:後述する「性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律」(特例法)に基づき、戸籍上の性別を変更するためには、いくつかの要件を満たす必要があります。その一つに、「生殖腺がないこと又は生殖腺の機能を永続的に欠く状態であること」という事実上の手術要件があります。これは、卵巣や精巣を摘出する手術が必要であることを意味します。また、「その身体について、他の性別の身体の性的特徴に近づくための手術を受けた者であること」という要件もあり、これはMtFの場合は造膣術、FtMの場合は陰茎形成術や乳房切除術など、性器や胸に関する手術が必要と解釈されることが一般的です。これらの手術要件については、当事者や支援団体から、人権上の問題や経済的な負担が大きいとして見直しの声が上がっています。
  • その他の医療的処置:ホルモン療法や性別適合手術以外にも、性別違和を軽減するための医療的な処置があります。
    • 脱毛: MtFの当事者にとって、顔や体の体毛は性別違和の原因となることがあります。レーザー脱毛や電気脱毛などが行われます。
    • 音声訓練: MtFの当事者にとって、声の高さや話し方は性別違和の原因となることがあります。音声療法士による訓練や、必要に応じて声帯手術が行われます。
    • 美容整形: 性別違和を軽減するために、鼻や顎、エラなどの骨格、唇などの軟部組織の形状を変化させる美容整形を行うことがあります。

医学的な移行は、当事者にとって非常に重要なプロセスであり、性別違和を大幅に軽減し、生活の質を向上させる効果が期待できます。しかし、全ての人が医学的な移行を選択するわけではなく、また、医学的な移行を経なくても自分らしく生きることは可能です。重要なのは、個人の意思決定が尊重されることです。

3. 法的な移行

法的な移行は、戸籍上の性別や名前を変更することです。これにより、公的な書類や手続きにおいて、自分の性自認に沿った性別として扱われるようになります。法的な移行については、次の章で詳しく解説します。

性同一性障害/性別不合のある人々が歩む移行の道のりは、一人ひとり異なります。医学的な処置を一切行わない人もいれば、ホルモン療法のみを行う人、性別適合手術まですべて行う人など様々です。また、移行のスピードも人それぞれです。

移行のプロセスは、身体的な変化だけでなく、精神的、社会的な変化も伴います。家族や友人、職場など、周囲の人々との関係性にも影響を与えることがあります。そのため、移行を考える際には、専門家(医師、カウンセラー、弁護士など)や、同じ経験を持つ当事者や支援団体と相談しながら進めることが推奨されます。

移行は、自分らしく生きるための、希望に満ちた歩みである一方で、多くの困難や課題も伴います。社会の理解とサポートが不可欠です。

法的な側面:社会における性同一性障害

性同一性障害/性別不合のある人々が社会の中で生活していく上で、法的な側面は非常に重要です。特に、戸籍上の性別が性自認と異なることによって生じる様々な問題に対処するためには、法制度の理解が不可欠です。

1. 「性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律」(特例法)

日本では、性同一性障害のある人が戸籍上の性別を変更するための法律として、「性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律」(略称:特例法)が2003年に施行されました。この法律に基づき、家庭裁判所の審判を経て、戸籍上の性別を変更することが可能になりました。

特例法が定める性別変更の要件は以下の通りです。

  1. 二人以上の医師により、性同一性障害であることの診断を受けていること。
    • (診断については、前章「診断と医療」で解説した通り、専門的なプロセスが必要です。)
  2. 20歳以上であること。
  3. 現に婚姻をしていないこと。
    • (事実婚や内縁関係はこれにあたらないと解釈されていますが、法律上の婚姻関係があると性別変更はできません。)
  4. 現に未成年の子がいないこと。
    • (養子縁組している子がいる場合も含まれると解釈されています。)
  5. 生殖腺がないこと又は生殖腺の機能を永続的に欠く状態であること。
    • (事実上の「不妊手術要件」です。卵巣や精巣を摘出する手術が必要と解釈されています。)
  6. その身体について、他の性別の身体の性的特徴に近づくための手術を受けた者であること。
    • (事実上の「性別適合手術要件」です。MtFの場合は造膣術、FtMの場合は陰茎形成術や乳房切除術など、性器や胸に関する手術が必要と解釈されることが一般的です。)

これらの要件を満たしていることを証明する診断書や書類を家庭裁判所に提出し、審判を経て、性別変更が認められます。性別変更が認められると、戸籍上の性別が変更され、氏名も変更できるようになります。

2. 特例法の課題や議論されている点

特例法は、性同一性障害のある人々の法的性別変更を可能にしたという点で一定の意義がありましたが、一方で様々な課題が指摘され、見直しを求める声が多く上がっています。主な課題は以下の通りです。

  • 手術要件(第5号、第6号):最も批判されているのが、生殖腺の摘出や、他の性別の身体の性的特徴に近づけるための手術を必須としている点です。これは、以下のような問題を含んでいます。
    • 身体の自己決定権の侵害: 性別違和の軽減のために医学的な処置を望まない人や、健康上の理由で手術を受けられない人も、戸籍上の性別変更ができません。これは、個人の身体に関する自己決定権を侵害するものではないかという指摘があります。
    • 高額な医療費負担: 性別適合手術は高額であり、保険適用されない部分も多いため、経済的な負担が非常に大きいです。
    • 不可逆的な変化: 生殖腺の摘出や性別適合手術は、不可逆的な変化をもたらします。将来、子どもを持つことを望む可能性がある人にとっては、大きな障壁となります。妊孕性温存の技術はありますが、まだ一般的ではなく、費用もかかります。
    • 国際的な基準との乖離: 国際的な人権基準や、多くの国で手術要件が廃止または緩和されている現状と比べて、日本の特例法は厳格すぎるとの指摘があります。
  • 未婚要件(第3号):現に婚姻している人は性別変更ができません。これは、夫婦のいずれかが性別変更した場合に、婚姻関係や親子関係に生じる法的な問題への配慮と考えられますが、婚姻している当事者にとっては性別変更への大きな障壁となります。
  • 未成年の子がいないことの要件(第4号):現に未成年の子がいる人は性別変更ができません。これも、親子の法的な関係性に生じる問題への配慮と考えられますが、子育て中の当事者にとっては大きな負担となります。

これらの課題に対し、当事者や支援団体、法律家などから、特例法の改正を求める声が強く上がっています。特に、手術要件については、最高裁判所でも違憲であるかどうかが争われており、今後の司法の判断が注目されています。

3. 海外の法制度との比較

海外では、性別変更に関する法制度は多様化しています。手術要件を撤廃し、自己申告に基づいて性別変更ができる国(例:アイルランド、ノルウェー、マルタなど)も増えています。これは、性別を、医学的な診断や処置に基づいたものとしてではなく、個人の内面的な感覚や自己申告に基づいたものとして捉え直そうという世界の流れを反映しています。

もちろん、各国にはそれぞれの歴史的背景や社会状況があり、単純な比較はできません。しかし、日本の特例法が抱える課題を考える上で、海外の法制度は参考になります。

法的な側面は、性同一性障害/性別不合のある人々が、社会の中で差別なく、自分らしく生きていくための基盤となるものです。特例法の課題を乗り越え、より人権を尊重した制度を構築することが求められています。

Q&A:よくある疑問に答える

性同一性障害/性別不合について学ぶ中で、様々な疑問が湧いてくるのは自然なことです。ここでは、よくある疑問に、科学的根拠に基づきお答えします。

Q1. 性同一性障害は「治る」のでしょうか?

A1. 科学的根拠に基づけば、性同一性障害/性別不合は、風邪のように治療によって「完治する」種類の疾患ではありません。これは、個人のアイデンティティの根幹に関わる特性であり、本人の意思や努力で「治す」ことはできません。

医学的な介入(ホルモン療法や性別適合手術など)は、性別違和による苦痛を軽減し、本人が性自認に沿った性別で社会生活を送れるようにするためのものです。これらの介入は、「治す」というよりも、「性別違和を和らげ、生活の質を向上させるためのケア」と捉えるべきです。

性同一性障害/性別不合のある人々が目指すのは、「異性になりきること」ではなく、「自分自身の性別について、体の性との不一致による苦痛を和らげ、自分らしく生きること」です。

Q2. 子どもが「性別違和」を訴えた場合、どう考えれば良いですか?

A2. 子どもが性別に関する違和感を訴える場合、頭ごなしに否定したり、性同一性障害だと決めつけたりせず、まずは子どもの気持ちに耳を傾け、受け止めることが重要です。

幼い子どもが一時的に異性の服を着たがったり、異性の遊びを好んだりすることは、性同一性障害とは限りません。多くの場合は、成長の過程で自然に解消されます。しかし、性別に関する違和感が非常に強く、持続的であり、それによって苦痛を感じたり、日常生活に支障が出ている場合は、性同一性障害/性別不合の可能性も考慮する必要があります。

その場合は、性同一性障害/性別不合に関する専門的な知識を持つ小児精神科医や専門医に相談することをお勧めします。専門医は、子どもの発達段階や状況を慎重に評価し、適切なサポートやガイダンスを提供してくれます。

思春期に入り、第二次性徴が始まる前に、思春期ブロッカーという薬剤を使用する選択肢もあります。これは、性ホルモンの分泌を一時的に抑制し、第二次性徴の発現を遅らせるものです。これにより、当事者は性別移行についてより時間をかけて考えることができ、性別違和による苦痛を軽減する効果が期待できます。ただし、思春期ブロッカーの使用については、メリットとデメリットを慎重に検討し、専門医と十分に相談した上で行う必要があります。思春期ブロッカーの使用は、不可逆的な決定ではなく、使用を中止すれば第二次性徴は通常通り再開します。

大切なのは、子どもの気持ちを尊重し、焦らず、専門家のサポートを得ながら、子どもにとって最善の道を一緒に探していくことです。

Q3. 家族やパートナーが性同一性障害だと知った場合、どう対応すれば良いですか?

A3. 家族やパートナーから性同一性障害であることをカミングアウトされたとき、驚きや戸惑いを感じるのは自然なことです。しかし、最も大切なのは、相手の気持ちを受け止め、尊重する姿勢を示すことです。

  • まずは耳を傾ける: 相手がどのような気持ちでいるのか、何に困っているのかを、批判せずにじっくりと聞きましょう。
  • 否定しない: 「考えすぎだ」「そのうち治る」「気のせいだ」といった否定的な言葉は、相手を深く傷つけます。相手の性自認を尊重する言葉を選びましょう。
  • 学ぶ姿勢を持つ: 性同一性障害について知らないことがあれば、このブログのような信頼できる情報源で学んだり、専門家や支援団体に相談したりしましょう。
  • 時間をかける: 性別移行は、本人にとっても家族にとっても大きな変化です。すぐに全てを理解し、受け入れることは難しいかもしれません。時間をかけて、お互いの気持ちを話し合い、理解を深めていきましょう。
  • 専門家のサポートを得る: 家族向け、パートナー向けのカウンセリングやサポートグループもあります。一人で抱え込まず、専門家のサポートを得ることも有効です。
  • アライ(支援者)になる: 相手の性自認を尊重し、社会生活で困っていることがあればサポートするなど、アライ(支援者)として寄り添う姿勢を示しましょう。

家族やパートナーが性同一性障害であることは、決してあなたや家族のせいではありません。これは、個人の生まれ持った特性です。大切な人が自分らしく生きていくことを、温かくサポートしてあげてください。

Q4. 「カミングアウト」は必ずしなければいけないものですか?

A4. カミングアウトは、性同一性障害/性別不合のある人が、自分の性自認を他者に伝える行為です。これは、本人の意思に基づいて行うものであり、必ずしなければいけないものではありません。

カミングアウトは、自分らしく生きていくために重要なステップとなる人もいる一方で、差別や偏見にさらされるリスクを伴うこともあります。カミングアウトするかどうか、誰に、いつ、どのように伝えるかは、当事者自身が慎重に判断すべきことです。

カミングアウトを検討する際には、以下の点を考慮することが重要です。

  • 相手は信頼できるか: 自分のカミングアウトを受け止め、尊重してくれる相手かどうかを見極める必要があります。
  • カミングアウトによるメリットとデメリット: カミングアウトすることで、自分らしくいられる、周りからの理解を得られるといったメリットがある一方で、差別、偏見、人間関係の悪化といったデメリットも考えられます。
  • 自分の準備ができているか: カミングアウトに対する相手の反応を受け止める心の準備ができているかどうかも重要です。

カミングアウトは、当事者にとって非常に勇気のいる行為です。もし身近な人からカミングアウトされたら、その勇気を称え、温かく受け止めてください。カミングアウトは、理解と支援につながる一歩となり得ますが、当事者の安全と安心が最優先されるべきです。

Q5. 「SRS(性別適合手術)を受けなければ女性/男性ではない」という考え方は正しいですか?

A5. この考え方は、完全に誤りです。

性別適合手術を受けるかどうかは、性同一性障害/性別不合のある人が、性別違和を軽減し、自分らしく生きるための多くの選択肢の一つにすぎません。手術を受けない人もいれば、ホルモン療法だけを行う人、社会的な移行だけを行う人など、様々な人がいます。

性別は、手術の有無や体の特徴だけで決まるものではありません。最も重要なのは、**その人自身が、自分をどのような性別だと認識しているか(性自認)**です。性同一性障害/性別不合のある人にとって、性別適合手術を受けることは、性別違和を軽減するための有効な手段となり得ますが、それがその人の性別を決定づけるわけではありません。

「SRSを受けなければ女性/男性ではない」という考え方は、性同一性障害/性別不合のある人々に、特定の医療行為を強制するようなプレッシャーをかけ、多様な生き方を否定することにつながります。性同一性障害/性別不合のある人々は、どのような移行の選択をしても、自分自身の性別として尊重されるべきです。

実際のケース:当事者の多様な道のり

性同一性障害/性別不合のある人々の経験は、一人ひとり異なります。ここでは、いくつかの架空のケースを通して、当事者の多様な道のりを紹介します。これらのケースは、実際の経験に基づき、理解を深めるために作成したものです。

ケース1:FtM(女性から男性へ)のAさんの場合

Aさんは、出生時は女性と割り当てられましたが、幼い頃からスカートやフリル付きの服を嫌がり、男の子向けの遊びを好みました。思春期になり、生理が始まったり、胸が膨らんだりする体の変化に強い違和感と嫌悪感を抱くようになりました。「自分は本当は男の子なのに、なぜ体が女になっているのだろう」という悩みを誰にも相談できず、苦しい日々を送りました。

大学に入学後、インターネットで性同一性障害という言葉を知り、「これは自分のことだ」と確信しました。勇気を出して性同一性障害を専門とする精神科を受診し、時間をかけた診断プロセスを経て、性同一性障害と診断されました。

診断後、Aさんはまず社会的な移行から始めました。髪を短く切り、男性用の服を着るようになりました。友人や信頼できる教授にカミングアウトし、理解とサポートを得ることができました。名前も、戸籍上の女性の名前から、男性の名前である「アキラ」に変更しました(通称名の使用)。

次に、医学的な移行を検討し、ホルモン療法を開始しました。男性ホルモン注射を定期的に打つことで、声が低くなり、体毛が増え、筋肉がついてきました。これらの体の変化は、Aさんにとって大きな喜びであり、性別違和が少しずつ軽減されていくのを感じました。

ホルモン療法を続けながら、Aさんは性別適合手術についても調べ始めました。特に胸の膨らみが性別違和の原因となっていたため、乳房切除術を受けることを決めました。信頼できる医療機関を選び、手術について十分な説明を受け、手術を受けました。胸が平らになったことで、Aさんは以前よりも自信を持って日常生活を送れるようになりました。

将来的に、特例法の要件を満たせば、戸籍上の性別を男性に変更することも考えています。しかし、Aさんにとって最も重要なのは、医学的な介入の有無に関わらず、「自分は男性として生きている」という実感を持つことです。

Aさんのケースからわかること:

  • 幼少期からの性別違和は、思春期に強まることが多い。
  • 診断を受けることは、自分自身の状況を理解し、次のステップを考える上で重要。
  • 社会的な移行、医学的な移行は、個人のペースや希望に合わせて進められる。
  • 医学的な介入は、性別違和の軽減に有効な手段となり得る。
  • 周囲の理解とサポートは、当事者にとって大きな支えとなる。

ケース2:MtF(男性から女性へ)のBさんの場合

Bさんは、出生時は男性と割り当てられましたが、子どもの頃から女の子の遊びに興味があり、かわいいものが好きでした。「男の子なのに変だ」と周りから言われるのが怖くて、自分の気持ちを隠して生活していました。

大人になり、社会人として働く中で、男性として振る舞うことに強い息苦しさを感じるようになりました。「本当の自分ではない」という感覚が日増しに強くなり、精神的に不安定になりました。インターネットでMtFトランスジェンダーの存在を知り、「これだ」と思いました。

仕事を休み、性同一性障害の専門クリニックを受診しました。医師との面談を重ね、性別不合と診断されました。診断後、Bさんは女性として生きていくことを決意しました。

まず、信頼できる友人や家族にカミングアウトしました。理解を示してくれる人もいれば、戸惑いや反対する人もいて、人間関係に変化が生じました。しかし、Bさんは自分の決意が固かったため、前向きに進むことを選びました。

次に、医学的な移行として、ホルモン療法を開始しました。女性ホルモンを投与することで、皮膚が滑らかになり、体脂肪が女性的なつき方になり、少しずつ女性らしい体つきになってきました。同時に、ひげや体毛の脱毛も始めました。

Bさんは、戸籍上の性別変更も希望していました。特例法の要件を満たすために、睾丸摘出術と造膣術を受けることを検討しました。リスクや費用について十分に調べ、信頼できる医療機関で手術を受けました。手術は無事に成功し、性別違和は大きく軽減されました。

手術後、家庭裁判所に性別変更の申立てを行い、審判を経て、戸籍上の性別を女性に変更することができました。名前も戸籍名として女性名に変更しました。

法的な性別変更ができたことで、Bさんは履歴書に女性と記載できるようになり、就職活動や社会生活におけるハードルが下がりました。現在、Bさんは女性として、自分らしく社会で活躍しています。

Bさんのケースからわかること:

  • 幼少期に違和感があっても、周りの目を気にして隠してしまうことがある。
  • 大人になってから性別違和が強まり、診断に至るケースもある。
  • カミングアウトは人間関係に変化をもたらす可能性があるが、自己肯定感を高めることにつながる。
  • 医学的な移行は、性別違和の軽減に有効な手段となり得るが、リスクも伴う。
  • 法的な性別変更は、社会生活における困難を軽減する上で重要だが、特例法には課題もある。

ケース3:ノンバイナリーのCさんの場合

Cさんは、出生時は女性と割り当てられましたが、「自分は男性でも女性でもない」という感覚を抱いていました。幼い頃から、女の子として扱われることに違和感がありましたが、「自分は変わっているのかな」と思うだけで、それが何なのか分かりませんでした。

思春期になり、自分の性別について深く考えるようになりました。インターネットや書籍で様々な性のあり方について調べる中で、「ノンバイナリー」という言葉を知り、「これこそ自分の性別だ」と腑に落ちました。ノンバイナリーとは、男性でも女性でもない性別、あるいはどちらの性別にも当てはまらない性別、男性と女性の両方の性別、といった多様な性自認を持つ人々を指す言葉です。

Cさんは、戸籍上の性別を女性から変更したいとは考えていませんでした。医学的な介入(ホルモン療法や手術)も望んでいません。Cさんが望むのは、自分の性別を「男性」「女性」といった二元的な枠に当てはめられることなく、自分自身の性別として認識してもらうことでした。

Cさんは、信頼できる友人や家族に、自分がノンバイナリーであることを伝えました。「男性でも女性でもないって、どういうこと?」と戸惑う人もいましたが、丁寧に説明し、理解を得ようと努めました。SNSでノンバイナリーの当事者と繋がり、悩みを共有したり、情報交換をしたりすることで、孤立感を和らげることができました。

職場では、自分のことを特定の性別として扱わないように、同僚や上司に伝えました。名前の読み方をカタカナにするなど、工夫をすることで、性別を特定されにくいようにしました。トイレの使用など、日常生活で困ることもありましたが、一つずつ周囲に相談しながら、自分にとって心地よい方法を探していきました。

Cさんのケースからわかること:

  • 性同一性障害/性別不合のある人々の中には、男性でも女性でもない性別(ノンバイナリーなど)を自認する人もいる。
  • 全ての人が医学的な移行や法的な性別変更を望むわけではない。
  • 重要なのは、自分自身の性自認を認識し、自分らしく生きること。
  • 社会の側が、男性と女性という二元的な性の捉え方だけでなく、多様な性のあり方を理解し、受け入れる必要がある。
  • カミングアウトや周囲への説明は、必ずしもスムーズではないが、理解を得ようと努めることで、自分らしい生き方が可能になる。

これらのケースは、性同一性障害/性別不合のある人々の道のりが、いかに多様であるかを示しています。全ての人が同じ経験をするわけではなく、抱える困難も、選択する道も異なります。重要なのは、一人ひとりの個性を尊重し、その人にとって最善の道を共に探していくことです。

社会ができること:理解と共生のために

性同一性障害/性別不合のある人々が、差別なく、自分らしく生きられる社会を実現するためには、私たち一人ひとりの理解と行動が必要です。性同一性障害/性別不合は、決して特別な人だけの問題ではなく、多様な人々が共に生きる社会全体に関わる問題です。

社会ができること、そして私たち一人ひとりができることはたくさんあります。

1. 差別や偏見をなくす

性同一性障害/性別不合に対する誤解や無知から、差別や偏見が生じることがあります。「性同一性障害は精神病だ」「見た目が女性/男性だから性別変更はおかしい」といった誤った認識は、当事者を深く傷つけ、社会的な排除につながります。

正確な知識を持ち、性同一性障害/性別不合は多様な性のあり方の一つであることを理解することが、差別や偏見をなくすための第一歩です。

2. インクルーシブな社会の実現

インクルーシブな社会とは、全ての人々が、性別、性的指向、人種、障がいなどに関わらず、尊重され、共に生きられる社会です。性同一性障害/性別不合のある人々が、社会生活の中で直面する困難(トイレや更衣室の使用、公的な手続き、職場での対応など)を軽減するための環境整備が必要です。

例えば、誰でも使用できる多目的トイレの設置、服装や髪型に関する柔軟なルール、氏名変更に関する配慮など、小さなことから始められることもあります。

3. 教育の重要性

性や性の多様性に関する教育は、性同一性障害/性別不合への理解を深め、差別や偏見をなくす上で非常に重要です。学校教育や社会教育の場で、性同一性障害/性別不合について正しく学ぶ機会を設ける必要があります。子どもたちが幼い頃から性の多様性に触れることで、多様な性を自然なものとして受け入れられるようになります。

4. アライ(支援者)になる

アライ(Ally)とは、性的マイノリティ(LGBTQ+など)を理解し、支援する異性愛者やシスジェンダーの人々のことです。性同一性障害/性別不合のある人々のために、アライとしてできることはたくさんあります。

  • 学ぶ: 性同一性障害/性別不合について学び、正確な知識を身につける。
  • 尊重する: 当事者の性自認を尊重し、希望する名前や代名詞を使用する。
  • 声を上げる: 性同一性障害/性別不合に対する差別や偏見を見聞きした際に、それを容認しない姿勢を示したり、誤りを正したりする。
  • サポートする: 当事者が困っていることがあれば、可能な範囲でサポートする。

アライの存在は、当事者にとって大きな安心感と勇気を与えます。

5. 法制度の見直し

前章で述べた特例法の課題を克服し、より人権を尊重した法制度を構築することが、社会全体で取り組むべき課題です。手術要件の撤廃や緩和、未婚・未成年の子がないことの要件の見直しなど、当事者の権利を保障するための法改正が求められています。

私たち一人ひとりの意識の変化と、社会全体の取り組みが合わさることで、性同一性障害/性別不合のある人々が、自分らしく、安心して暮らせる社会が実現に近づきます。

おわりに:希望とメッセージ

ここまで、性同一性障害/性別不合について、多角的な視点から解説してきました。

性同一性障害/性別不合は、単なる医学的な状態ではなく、個人のアイデンティティの根幹に関わる、深く複雑な問題です。それは、多様な人間性の現れの一つであり、決して「異常」なことではありません。

当事者は、体と心の性の不一致による性別違和、社会の無理解や偏見といった、様々な困難に直面しています。しかし、同時に、自分自身の性別を受け入れ、自分らしく生きていくための強い意志と、希望を持っています。

医学の進歩により、性別違和を軽減するための医療的な選択肢が増えました。法制度も整備されつつありますが、まだ課題も多く残されています。そして何よりも重要なのは、私たち一人ひとりの意識が変わること、社会全体が性の多様性を理解し、受け入れることです。

このブログが、性同一性障害/性別不合について学ぶための一歩となり、当事者への理解と共感を深めるきっかけとなれば幸いです。そして、読者の皆様が、性の多様性を尊重し、全ての人々が自分らしく生きられるインクルーシブな社会の実現に向けて、何か一つでも行動を起こすきっかけとなることを願っています。

性同一性障害/性別不合のある人々は、私たちの隣人であり、友人であり、同僚であり、家族かもしれません。彼らが自分らしく、幸せに生きていける社会は、私たち全ての人にとっても、より豊かで生きやすい社会であるはずです。

共に学び、共に考え、共に歩んでいきましょう。

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