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光と影の全貌。障害のある方のための成年後見制度ガイド~後悔しない選択のために知るべき全て~

Adult Guardianship System 雑記
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成年後見制度は使うべき?メリット・デメリットと6つの実例でわかる「あなたと家族の未来」の守り方

はじめに:遠いようで、すぐ隣にある物語

「もし、私が私のことを決められなくなったら、誰が助けてくれるんだろう?」

これは、決して遠い世界の物語ではありません。高齢化社会が加速する日本において、認知症の高齢者は増え続けています。また、生まれながらに障害を持つ方々や、人生の途中で精神的な困難を抱える方々も、私たちと共にこの社会で生きています。

彼らが、そして未来の私たちが、判断能力という「人生の羅針盤」をうまく使えなくなったとき。誰かがその人の財産を狙ったり、望まない場所に追いやったりするかもしれません。そんな時、本人に代わって財産を守り、その人らしい生活を支えるために作られたのが「成年後見制度」です。

聞こえは、とても立派で、安心できる制度です。実際に、この制度によって多くの人が救われ、平穏な日常を取り戻した「光」の物語があります。

しかし、その光が強ければ強いほど、濃い影もまた生まれます。

「良かれと思ってやったのに、本人の希望と違ってしまった」

「財産は守られたけど、自由がなくなった」

「信頼していたはずの後見人に裏切られた」

そんな「影」の物語も、残念ながら数多く存在するのです。

成年後見制度は、使い方を間違えれば、本人の人生を縛り付ける鎖にもなりかねない「諸刃の剣」。だからこそ、私たちは、その光と影の両面を、正しく、そして深く知っておく必要があります。

この記事は、法律の専門家ではない、ごく普通の方々のために書きました。制度の仕組みといった基本的な情報はもちろん、実際に起こった6つの具体的な物語を通して、成年後見制度のリアルな姿を体感していただきます。そして、最新の国の動きや研究で注目されている「意思決定支援」という大切な考え方にも触れていきます。

2万字という長い道のりになりますが、読み終えたとき、あなたはきっと、あなた自身と、あなたの大切な人の「自分らしい人生」を守るための、確かな知識と視点を得ているはずです。

さあ、一緒に、その扉を開けてみましょう。


第1章:成年後見制度とは?~あなたの「もしも」に寄り添う仕組みの基本~

まず、成年後見制度が一体どのようなものなのか、その骨格から理解していきましょう。難しい法律用語がいくつか出てきますが、一つひとつ丁寧に解説するので、安心してください。

1-1. なぜ、この制度が必要なのか?その背景

私たちの社会は、誰もが自分の意思で契約を結び、財産を管理し、どこでどんな風に暮らすかを決める、という「自己決定の原則」で成り立っています。

しかし、認知症、知的障害、精神障害などの理由で、この「判断する力」が不十分になると、様々な困難が生じます。

  • 財産管理の困難: 銀行でお金をおろせない、不動産を売却できない、悪質な訪問販売で不要な高額商品を買わされてしまう。
  • 生活上の困難: 介護サービスや施設入所の契約が自分でできない、入院手続きがスムーズに進まない。
  • 権利の侵害: 親族が勝手に財産を使い込んでしまう、虐待を受けていても助けを求められない。

こうした状況に置かれた人たちを保護し、支援するために「成年後見制度」は存在します。本人の判断能力を補う「代理人(後見人など)」を家庭裁判所が選任し、その代理人が本人のためにお金や財産の管理をしたり、必要な契約を結んだりするのです。

この制度の根底にあるのは、「個人の尊厳」を守るという理念です。判断能力が低下したとしても、その人らしく、安心して生活できる権利は誰にでもある。その権利を守るための、法的なセーフティネット、それが成年後見制度なのです。

1-2. 制度の主役「後見人」とはどんな人?

「後見人」と聞くと、なんだか偉い法律の専門家をイメージするかもしれません。しかし、後見人になれる人は様々です。

  • 親族後見人: 本人の配偶者、子、兄弟姉妹、親など。本人のことをよく知っており、愛情を持って関われるのが強みですが、法律や福祉の知識が十分でなかったり、他の親族との間でトラブルになったりする可能性もあります。
  • 専門職後見人: 弁護士、司法書士、社会福祉士など。法律や福祉の専門知識を持ち、複雑な手続きや親族間の調整もスムーズに行えるのが強みです。一方で、本人との人間関係の構築に時間がかかったり、報酬が発生したりします。
  • 市民後見人: 専門職ではありませんが、社会貢献への意欲や倫理観が高く、自治体などが実施する養成研修を修了した一般市民です。地域に根差し、本人に寄り添った支援が期待されますが、対応できる案件は比較的簡単なものに限られることが多いです。
  • 法人後見: 社会福祉法人や社団法人、NPO法人などが組織として後見人になります。担当者が変わっても組織として継続的に支援できる安定性や、複数の専門家が関わることで不正が起きにくいというメリットがあります。

かつては親族が後見人になるケースが多数でしたが、最高裁判所のデータ(「成年後見関係事件の概況」)によれば、近年では専門職や法人が選ばれる割合が全体の約8割を占めています。これは、財産管理の複雑化や親族間のトラブルを避けるため、家庭裁判所が中立・公正な第三者を選ぶ傾向が強まっていることを示しています。

重要なのは、**「誰を後見人にするかは、最終的に家庭裁判所が決める」**ということです。申し立ての際に候補者を立てることはできますが、必ずしもその人が選ばれるとは限らない、という点は覚えておきましょう。

1-3. 大きく分けて2種類「法定後見」と「任意後見」

成年後見制度には、大きく分けて「法定後見」と「任意後見」の2つのタイプがあります。これは非常に重要な違いなので、しっかり理解しておきましょう。

【法定後見制度】~判断能力が低下した「後」に利用する制度~

すでに判断能力が不十分になっている人のために、本人や家族などが家庭裁判所に申し立てをして、後見人などを選んでもらう制度です。本人の判断能力のレベルに応じて、次の3つの類型に分かれます。

  1. 後見(こうけん):
    • 対象者: 判断能力が「常に欠けている」状態の方(例:重度の認知症や知的障害の方など)。
    • 支援する人: 成年後見人(せいねんこうけんにん)
    • できること: 財産管理や契約など、日常生活に関するほぼ全ての法律行為を本人に代わって行うことができます(これを「代理権」といいます)。また、本人がしてしまった不利益な契約などを後から取り消すこともできます(これを「取消権」といいます)。食料品の購入など「日常生活に関する行為」は取り消しの対象外です。
  2. 保佐(ほさ):
    • 対象者: 判断能力が「著しく不十分」な方(例:日常の買い物はできるが、不動産の売買など重要な財産行為は一人では難しい方)。
    • 支援する人: 保佐人(ほさにん)
    • できること: 本人が借金や不動産の売買、訴訟、相続の承認・放棄など、法律で定められた特に重要な行為をする際に、同意を与える権限(同意権)を持ちます。もし保佐人の同意なく本人がこれらの行為をした場合、後から取り消すことができます(取消権)。また、家庭裁判所の審判によって、特定の行為について代理権を与えることもできます。
  3. 補助(ほじょ):
    • 対象者: 判断能力が「不十分」な方(例:重要な財産行為も自分でできるかもしれないが、不安があるので誰かに支援してもらった方が良い方)。
    • 支援する人: 補助人(ほじょにん)
    • できること: 3つの類型の中で最も本人の自己決定権を尊重するものです。申し立ての範囲内で、家庭裁判所が認めた特定の法律行為についてのみ、同意権や代理権が与えられます。補助を開始するには、本人の同意が必須です。

【任意後見制度】~判断能力がある「前」に備える制度~

こちらは、まだ判断能力がしっかりしているうちに、将来判断能力が衰えた場合に備えて、**「あらかじめ自分で」**支援してくれる人(任意後見人)と、その人に何をしてもらいたいか(支援の内容)を公正証書による契約で決めておく制度です。

  • 特徴:
    • 自分で後見人を選べる: 最も大きなメリットです。信頼できる子どもや友人、専門家など、自分の意思で将来の代理人を指名できます。
    • 支援内容を自由に設計できる: 財産管理の方針や、介護施設選びの希望、医療に関する希望など、自分の望む支援内容を契約に盛り込むことができます。
    • 家庭裁判所が監督: 実際に本人の判断能力が低下し、任意後見がスタートすると、家庭裁判所が「任意後見監督人」を選任します。この監督人が、任意後見人が契約通りにきちんと仕事をしているかをチェックするため、不正が起きにくい仕組みになっています。

法定後見が「転んだ後の杖」だとすれば、任意後見は「転ばぬ先の杖」。自分の人生の締めくくり方を自分でデザインしたいと考える人にとって、非常に有効な選択肢と言えるでしょう。


第2章:【光】成年後見制度のメリット~安心と希望をもたらす側面~

制度の基本がわかったところで、次はその「光」の部分、つまりメリットに焦点を当てていきましょう。成年後見制度は、正しく活用すれば、本人と家族にとって計り知れないほどの安心をもたらします。ここでは3つの大きなメリットを、具体的なケーススタディと共にご紹介します。

2-1. メリット1:鉄壁の守り「財産の保護」

判断能力が不十分になると、本人は「お金の価値」や「契約の意味」を正しく理解できなくなることがあります。その隙を狙って、悪意のある人間が近づいてくるケースは後を絶ちません。成年後見制度の最も大きなメリットは、こうした脅威から本人の大切な財産を鉄壁の守りで保護できることです。

《ケーススタディ1:悪徳商法から守られたAさん(知的障害)の物語》

登場人物:

  • Aさん(30代・男性): 軽度の知的障害がある。作業所で働きながら、両親亡き後、実家で一人暮らし。人懐っこく、誰でもすぐに信じてしまう性格。
  • Bさん(司法書士): Aさんの成年後見人。生前のAさんの父親から相談を受け、任意後見契約を結んでいた。

Aさんの両親は、「自分たちが亡き後、この子はどうなるのだろう」とずっと心配していました。特に心配だったのが、財産の管理です。そこで、生前に地域の福祉相談会で知り合った司法書士のBさんと相談し、「任意後見契約」を結んでいました。

両親が相次いで亡くなり、Aさんは一人になりました。そして、任意後見契約が発効し、Bさんが正式にAさんの任意後見人として関わり始めました。Bさんは、Aさんのお金の管理(公共料金の支払いやお小遣いの手渡しなど)をしながら、週に一度はAさん宅を訪れ、変わりないか様子を見ていました。

ある日、BさんがAさん宅を訪れると、部屋の隅に見慣れない高級そうな羽毛布団のセットが置かれていました。「Aさん、これはどうしたの?」と尋ねると、Aさんは嬉しそうに「親切な人が来て、すごく体にいい布団だからって。30万円だったけど、分割でいいって言ってくれたんだ」と答えました。

Bさんはすぐにピンときました。典型的な訪問販売による過量販売です。Bさんは契約書を確認し、すぐに販売業者に連絡。「Aさんは任意後見制度を利用しており、私(Bさん)の同意なく結ばれたこの契約は取り消します」と内容証明郵便を送付しました。業者は最初は渋りましたが、Bさんが法的な手続きに則って毅然と対応したため、最終的に契約は無条件で解除され、Aさんが支払ってしまっていた頭金も全額返還されました。

もし後見人がいなければ、Aさんは次々と高額な商品を契約させられ、両親が遺してくれた大切な預貯金をすべて失っていたかもしれません。Bさんという「法の盾」があったからこそ、Aさんの財産と穏やかな暮らしは守られたのです。

このケースのように、後見人は、本人が不利な契約を結んでしまった場合に、それを取り消す「取消権」を持っています(法定後見の場合。任意後見では別途代理権の付与が必要)。これは、悪徳商法や詐欺から本人を守るための非常に強力な武器となります。

さらに、預貯金の管理、不動産の処分、遺産分割協議への参加など、本人に代わって法的な手続きを行うことで、財産が適切に維持・活用されるようになります。特に、親族がいない、あるいは疎遠な方にとって、この財産保護の機能は大きな安心材料となるでしょう。

2-2. メリット2:暮らしの羅針盤「身上保護(しんじょうほご)」

成年後見人の仕事は、お金の管理だけではありません。もう一つの重要な役割が「身上保護」です。これは、本人の身体や精神状態に配慮しながら、その人らしい生活が送れるように環境を整えることを指します。

注意が必要なのは、後見人は**「事実行為はできない」ということです。つまり、後見人自身が本人の介護をしたり、食事の世話をしたり、掃除をしたりするわけではありません。後見人が行うのは、そうしたサービスを受けるための「契約行為」**です。

《ケーススタディ2:適切な介護に繋がったBさん(認知症)の物語》

登場人物:

  • Bさん(80代・女性): 認知症が進行し、最近では日付や曜日もわからなくなってきた。長年連れ添った夫を亡くし、一人暮らし。
  • Cさん(長女): 遠方に嫁いでおり、頻繁に実家に帰ることはできない。
  • Dさん(社会福祉士): Bさんの成年後見人。

Bさんは、夫の死後、一人暮らしを続けていましたが、徐々に認知症の症状が目立つようになりました。火の不始末で小火(ぼや)騒ぎを起こしたり、近所のお店で何度も同じものを買ってきたり。遠方で暮らす長女のCさんは心配でたまりませんでしたが、仕事や子育てで身動きが取れず、どうすることもできずにいました。

Cさんは、地域包括支援センターに相談。そこで成年後見制度のことを知り、母のために申し立てを行いました。家庭裁判所は、Cさんが遠方であることなどを考慮し、福祉の専門家である社会福祉士のDさんを成年後見人に選任しました。

後見人に就任したDさんは、まずBさんの生活状況を詳しく把握しました。そして、ケアマネジャーと連携し、Bさんに最適な介護サービスを検討。デイサービスの利用や、訪問介護による安否確認と配食サービスの導入などを次々と契約していきました。さらに、Bさんが住み慣れた家での生活を続けたいという希望を持っていることを尊重しつつも、安全面を考慮して、火を使わないIHクッキングヒーターへの交換工事の契約も行いました。

これまで一人で不安を抱えていたBさんの生活は、Dさんという「暮らしの羅針盤」を得たことで、安全で規則正しいものへと変わっていきました。Cさんも、「専門家の方が見てくれている」という安心感から、精神的な負担が大きく軽減され、母との電話の時間も穏やかな気持ちで過ごせるようになったのです。

このケースのように、後見人は本人に代わって以下のような契約を結びます。

  • 要介護認定の申請
  • 介護サービス提供事業者との契約
  • 施設への入所契約
  • 病院への入院手続き
  • 住居の確保やリフォームに関する契約

本人や家族だけでは、どのようなサービスが利用できるのか、どこに相談すればいいのか分からず、途方に暮れてしまうことがあります。後見人が間に入ることで、福祉や医療の専門家とスムーズに連携し、本人にとって最善の生活環境を構築していくことができるのです。

2-3. メリット3:尊厳の盾「権利の擁護」

成年後見制度の根幹にある理念は「権利擁護」です。つまり、判断能力が不十分であるという理由だけで、その人の権利や尊厳が踏みにじられることがあってはならない、という考え方です。

時には、最も身近な存在であるはずの家族が、本人の権利を侵害してしまう悲しいケースもあります。

《ケーススタディ3:虐待から解放されたCさん(精神障害)の物語》

登場人物:

  • Cさん(50代・女性): 長年、精神障害を抱えている。障害年金を受給して生活している。
  • Eさん(兄): Cさんと同居し、Cさんの年金を管理しているが、ほとんどを自分の遊興費に使ってしまっている。
  • Fさん(弁護士): Cさんの成年後見人。

Cさんは、障害年金と親の遺産で生活していましたが、お金の管理は同居する兄のEさんが行っていました。しかしEさんは、Cさんに最低限の食事しか与えず、年金のほとんどを自分のパチンコ代や飲み代に流用。Cさんがお金の使い道について尋ねると、Eさんは「お前は病気なんだから黙ってろ!」と怒鳴りつけ、時には手を上げることもありました。Cさんは恐怖から何も言えなくなっていました。

この状況を見かねた民生委員が市役所に通報。市の職員がCさんと面談し、これは経済的虐待であり、権利侵害であると判断しました。そして、Cさんの権利を守るために、市長が申し立てを行い(市長申立)、家庭裁判所は弁護士のFさんを成年後見人に選任しました。

後見人となったFさんは、まずCさんを安全な場所に保護するため、グループホームへの入所契約を結びました。次に、Eさんに対して、これまでCさんのために管理していた全ての財産を開示するよう要求。そして、Cさんの年金や預貯金をEさんから取り戻し、自らが管理するようにしました。さらに、EさんがCさんの財産を不当に使い込んでいた証拠を集め、返還を求める法的手続き(不当利得返還請求)も進めました。

Fさんという法的な後ろ盾を得たことで、Cさんは初めて兄の支配から解放されました。グループホームでの生活は穏やかで、他の利用者と談笑する時間も増えました。Fさんは定期的にお小遣いをCさんに渡し、Cさんは自分で好きな洋服を買うことができるようになりました。それは、Cさんが何十年も忘れていた「自分で選ぶ」という喜びを取り戻した瞬間でした。

このケースは、成年後見制度が、消費者被害のような外部からの侵害だけでなく、親族による経済的虐待や権利侵害といった「内部からの脅威」に対しても、強力な防波堤となることを示しています。後見人は、本人の代弁者として、その人の尊厳と権利を守るために戦う「盾」となるのです。

このように、成年後見制度の「光」の部分は、本人と家族に計り知れない安心感をもたらします。しかし、物事には必ず裏側があります。次の章では、この制度が抱える「影」、つまりデメリットと課題について、深く掘り下げていきましょう。


第3章:【影】成年後見制度のデメリットと課題~知っておくべき現実~

光があれば、必ず影がある。成年後見制度も例外ではありません。むしろ、その光が「本人保護」という強力なものであるがゆえに、その影もまた、深く、濃くなることがあります。ここでは、制度を利用する前に必ず知っておくべき4つのデメリットと課題を、リアルなケースと共に見ていきます。

3-1. デメリット1:本人の意思はどこへ?「自己決定権の制限」

これが、成年後見制度が抱える最も根源的で、最も難しい問題です。制度の目的は「本人の保護」ですが、その保護が過剰になったとき、本人が本来持っているはずの「自分で決めたい」という気持ち、すなわち**「自己決定権」**を奪ってしまう危険性があります。

後見人(特に「後見」類型)は、本人に代わって契約などを行う強大な代理権を持っています。後見人が「本人のため」と信じて行った決定が、必ずしも本人の真の望みと一致するとは限りません。

《ケーススタディ4:施設入所をめぐり対立したDさん(軽度認知症)の物語》

登場人物:

  • Dさん(70代・男性): 妻に先立たれ一人暮らし。軽度の認知症があるが、日常生活はほぼ自立している。長年の趣味である畑仕事が生きがい。
  • Gさん(長男): Dさんの保佐人。仕事が忙しく、実家にはたまにしか帰れない。父の安全を第一に考えている。

Dさんは、物忘れは増えたものの、まだまだ元気でした。毎朝、家の裏にある小さな畑に出て、野菜の世話をするのが何よりの楽しみ。しかし、ある冬の日、Dさんは自宅の風呂場で転倒し、足を骨折してしまいます。

これをきっかけに、長男のGさんは父の一人暮らしに強い不安を覚えるようになりました。「次に何かあったら命に関わるかもしれない」。Gさんは、父の安全のためには、24時間誰かが見てくれる施設に入るのが一番だと考えました。GさんはDさんの保佐人として、老人ホームへの入所契約を進めようとします。

しかし、Dさんは頑として首を縦に振りませんでした。「わしはまだやれる。この家と畑がわしの生きがいなんだ。施設になんか入ったら、生きてる意味がなくなっちまう」。

Gさんは「父さんのためなんだよ!」と説得しますが、Dさんの意思は固い。Gさんは保佐人として、父の安全を確保する義務があります。一方で、Dさんには住み慣れた家で暮らし続けたいという強い希望がある。二人の「想い」は平行線をたどり、会話は気まずくなるばかり。結局、Gさんは契約を強行することができず、かといって父の安全を確保できる妙案もなく、親子関係はぎくしゃくしたまま時間だけが過ぎていきました。

このケースに、明確な正解はありません。Gさんの心配はもっともですし、Dさんの気持ちも痛いほどわかります。ここに、成年後見制度のジレンマがあります。法律上、保佐人や後見人は本人の意思を尊重する義務がありますが(民法第858条)、同時に本人の財産や安全を守る義務も負っています。この二つが対立したとき、どちらを優先すべきか、非常に難しい判断を迫られるのです。

さらに、財産管理の面でも、過剰な制限が問題になることがあります。

「後見人が専門職に決まり、毎月のお小遣いが3万円に決められてしまった。今までみたいに、たまに孫におもちゃを買ってやることすらできない」

「友人と旅行に行きたくて後見人にお金をおろしてほしいと頼んだら、『無駄遣いだ』と断られた」

こうした声は少なくありません。後見人は本人の財産を守るため、どうしても支出に厳しくなりがちです。その結果、本人は「自分のお金なのに、自由に使えない」という不自由さを感じ、生活の質(QOL)が低下してしまうことがあるのです。

3-2. デメリット2:終わりなき出費「費用の問題」

制度を利用するには、お金がかかります。これも無視できない大きなデメリットです。費用は大きく分けて2つあります。

  1. 申し立てにかかる費用:
    • 収入印紙代、郵便切手代、登記費用などで、合計1万円程度。
    • これに加え、本人の判断能力を医学的に鑑定する必要がある場合は**「鑑定費用」**がかかります。これは5万円~10万円程度が相場ですが、場合によってはそれ以上かかることもあります。
  2. 後見人への報酬:
    • これが継続的にかかる費用です。親族後見人で報酬を辞退すればかかりませんが、弁護士や司法書士などの専門職が後見人になった場合は、必ず報酬が発生します。
    • 報酬額は、家庭裁判所が、管理する財産の額や後見人の業務内容に応じて決定します。
    • 東京家庭裁判所の目安によれば、管理財産額が1,000万円~5,000万円の場合の基本報酬は、月額3~4万円。つまり、年間で36万円~48万円の費用がかかる計算になります。
    • さらに、不動産の売却など特別な業務を行った場合は、「付加報酬」として基本報酬に上乗せされます。

この報酬は、本人の財産の中から支払われます。そして、重要なのは、後見制度は一度開始すると、本人が亡くなるか、判断能力が回復するまで、原則として終わりません。

つまり、年間数十万円の費用が、何年、何十年と、ずっとかかり続ける可能性があるのです。

本人の財産が潤沢にあれば問題ないかもしれません。しかし、年金収入だけで暮らしているような場合、この報酬の支払いは大きな負担となります。自治体によっては、資力の乏しい人向けの「成年後見制度利用支援事業」として報酬の助成制度を設けている場合がありますが、利用には所得制限があり、誰もが使えるわけではありません。

この費用負担を懸念して、制度の利用をためらってしまう家族も少なくないのが現実です。

3-3. デメリット3:選べない・辞められない「後見人との人間関係と不正問題」

法定後見の場合、誰が後見人になるかは家庭裁判所が決定します。家族が「長男を候補者に」と申し立てても、財産が多い、親族間に争いがあるといったケースでは、中立的な専門職が選ばれることが多くなります。

その結果、「会ったこともない人が、いきなり家族の財産の管理者になった」という状況が生まれます。もちろん、多くの専門職後見人は誠実に職務を遂行します。しかし、人間同士ですから、どうしても「相性」の問題は出てきます。

「事務的な報告だけで、人間的な温かみが感じられない」

「こちらの要望を伝えても、『それはできません』と一方的に言われるだけで、話し合いにならない」

こうしたコミュニケーション不足から、本人や家族が後見人に対して不信感を抱いてしまうケースは珍しくありません。そして、一度選任された後見人を、「相性が悪いから」という理由だけで解任することは、非常に困難です。後見人に不正行為や著しい不行跡など、明確な解任理由がなければ、家庭裁判所はまず解任を認めません。

さらに深刻なのが、「後見人による不正」です。あってはならないことですが、後見人が本人の財産を自分のために使い込んでしまうという事件は、毎年報告されています。

《ケーススタディ5:親族後見人に財産を使い込まれたEさん(高次脳機能障害)の物語》

登場人物:

  • Eさん(60代・男性): 交通事故で頭を打ち、高次脳機能障害を負う。記憶力や注意力が低下しているが、日常会話は可能。事故の賠償金として多額の財産がある。
  • Hさん(甥): Eさんの成年後見人。Eさんの近くに住んでおり、身の回りの世話をしていたことから後見人候補者となり、裁判所に選任された。

事故後、Eさんの財産を管理するため、親族間で話し合い、甥のHさんが成年後見人となりました。Hさんは当初、献身的にEさんの世話をし、財産もきちんと管理していました。

しかし、Hさんは自身の事業がうまくいかなくなり、多額の借金を抱えてしまいます。最初は「少しだけなら」「すぐに返せばバレない」という軽い気持ちでした。HさんはEさんの預金通帳から数十万円を引き出し、自分の借金返済に充ててしまいました。一度手を付けると、感覚は麻痺していきます。使い込みの額はどんどん膨らんでいきました。

異変に気付いたのは、他の親族でした。Eさんの生活ぶりが以前より質素になっているのに、財産が目に見えて減っている。不審に思った親族が家庭裁判所に相談し、調査が入りました。その結果、Hさんによる数千万円にも及ぶ横領が発覚したのです。

家庭裁判所は直ちにHさんを後見人から解任し、代わりの専門職後見人を選任。新しい後見人はHさんに対して損害賠償請求訴訟を起こし、刑事告訴も行いました。しかし、Hさんにはすでに返済能力がなく、Eさんの失われた財産の多くは戻ってきませんでした。

最高裁判所の発表によると、後見人などによる不正の被害額は年間十数億円にのぼり、その約9割は親族後見人によるものです。最も信頼できるはずの身内に裏切られるという、最も悲しい現実がここにあります。

こうした不正を防ぐため、家庭裁判所は後見人に対して定期的な財産報告を義務付け、「後見制度支援信託」などの利用を促していますが、不正を完全にゼロにすることは難しいのが現状です。

3-4. デメリット4:煩雑さと永続性「手続きの問題」

成年後見制度を利用するには、家庭裁判所への申し立てが必要です。この手続きが、一般の人にとってはかなり煩雑に感じられます。

  • 申立書の作成
  • 本人の戸籍謄本、住民票
  • 後見人候補者の住民票
  • 本人の財産目録、収支状況報告書
  • 不動産の登記事項証明書
  • 診断書 など…

多くの書類を収集・作成する必要があり、時間と手間がかかります。申し立てから審判が下りて後見が開始されるまで、通常でも3~4ヶ月程度かかると言われています。

そして、最大のポイントは、前述の通り**「一度始まったら、原則としてやめられない」**という永続性です。本人が亡くなるか、奇跡的に判断能力が回復する(医師の診断が必要)まで、後見は続きます。

「少しの間だけ、入院手続きのために後見人が必要だったのに、退院してからもずっと後見人が関わり続けることになってしまった」

「最初はメリットを感じていたけど、だんだん窮屈に感じるようになってきた。でも、もうやめられない」

軽い気持ちで始めてしまうと、後から「こんなはずではなかった」と後悔することになりかねないのです。

これらの「影」の部分を見ると、成年後見制度の利用をためらう気持ちになるのも無理はありません。では、特に障害を持つ方々にとって、この制度はどのような意味を持つのでしょうか。次の章では、より深く、その論点に迫ります。


第4章:障害のある方にとっての成年後見制度~より深く考えるべき論点~

ここまで、成年後見制度の光と影を一般的に見てきました。この章では、特に知的障害や精神障害のある方々にとって、この制度がどのような意味を持ち、どのような課題を抱えているのかを、国際的な視点も交えながら掘り下げていきます。ここには、制度の未来を考える上で非常に重要なテーマが隠されています。

4-1. 世界の潮流「代行決定」から「意思決定支援」へ

伝統的な成年後見制度は、本人の判断能力が「ない」ことを前提に、後見人が本人に「代わって」物事を決める、という**「代行決定(Substituted Decision-Making)」**の考え方が中心でした。

しかし、2006年に国連で採択された**「障害者権利条約」**が、この考え方に大きな揺さぶりをかけます。この条約の第12条には、こう書かれています。

「障害者は、いかなる場所においても、法の前に人として認められる権利を有する。」

「締約国は、障害者が自己の法的能力の行使に当たって必要とする支援を利用する機会を提供するための適当な措置をとる。」

これは、たとえ重い障害があったとしても、その人は一人の人間として、自分の人生に関する決定権を持っている、という宣言です。そして、国はその人が決定を下すために必要な「支援」を提供しなければならない、と定めています。

ここから生まれたのが**「意思決定支援(Supported Decision-Making)」**という新しい考え方です。

これは、「能力がないから代わりに決めてあげる」のではなく、**「本人が自分で決定できるように、周りが様々な方法でサポートする」**というアプローチです。

  • 本人に分かりやすい言葉で、何度も説明する。
  • 絵や写真を使って、選択肢のメリット・デメリットを伝える。
  • 本人が信頼できる人に同席してもらい、安心して話せる環境を作る。
  • 本人の小さなうなずきや表情の変化から、その意向を丁寧に読み取る。
  • 時間をかけて、本人が納得できるまで話し合いを続ける。

たとえ本人が言葉を話せなくても、一貫した行動や表情から、その人の「好き」「嫌い」という選好を読み取り、それを尊重していく。それが意思決定支援の核心です。

この世界的な潮流から見ると、日本の成年後見制度(特に「後見」類型)は、依然として「代行決定」の色合いが強いと批判されることがあります。後見人が本人の意思を十分に確認せず、効率や安全性を優先して物事を決定してしまう危険性が、常に付きまとうのです。

4-2. 日本の取り組み「意思決定支援ガイドライン」

もちろん、日本もこの世界の潮流を無視しているわけではありません。厚生労働省は、障害者福祉の現場で意思決定支援を推進するため、「意思決定支援ガイドライン」を策定しています。

このガイドラインは、福祉サービスの利用計画を作成する際などに、支援者がどのように本人の意思決定をサポートすべきかを具体的に示しています。その基本姿勢は、「本人の意思は、本人の最善の利益(本人の幸せ)である」というものです。

これは、これまでの「本人の安全や利益のために、本人の意思に反しても仕方ない場合がある」という考え方からの大きな転換を意味します。

成年後見制度においても、この「意思決定支援」の視点を取り入れることが、今まさに求められています。後見人は、単なる財産管理人や契約の代行者ではなく、本人が「どうしたいのか」を最大限に引き出し、その実現に向けて努力する「支援者」でなければならないのです。

この考え方を実践した、希望の見えるケースをご紹介しましょう。

《ケーススタディ6:意思決定支援で夢をかなえたFさん(知的障害)の物語》

登場人物:

  • Fさん(20代・女性): 重度の知的障害があり、発語はほとんどない。特別支援学校を卒業後、親元で暮らしている。
  • Iさん(社会福祉士): Fさんの成年後見人。意思決定支援の研修を受けている。
  • Jさん(相談支援専門員): 長年Fさんを担当し、Fさんのことをよく理解している。

Fさんの両親は高齢で、自分たちが亡き後のFさんの将来を案じ、成年後見制度の利用を決めました。申し立ての結果、社会福祉士のIさんが後見人に選任されました。

後見人に就任したIさんは、まずFさんのことを深く知ることから始めました。両親や、長年Fさんを担当してきた相談支援専門員のJさんから、Fさんの生い立ち、好きなこと、嫌いなこと、こだわりなどを徹底的にヒアリングしました。

話し合いの中で、Fさんは「一人で暮らしてみたい」という漠然とした願望を持っていることが分かってきました。言葉にはなりませんが、一人暮らしの人のテレビ番組を見ると笑顔になったり、住宅のチラシをじっと見つめたりする行動が、そのサインでした。

通常であれば、「重度知的障害のあるFさんの一人暮らしは危険だ」と、代行決定でグループホームへの入所を決めてしまうかもしれません。しかし、Iさんは違いました。IさんはJさんとチームを組み、Fさんの「一人暮らしをしたい」という意思を尊重し、それを実現するための「意思決定支援チーム会議」を開きました。

チームは、Fさんが理解しやすいように、グループホームと、支援付きの一人暮らし(サテライト型住居)のメリット・デメリットを、写真やイラストを使って何度も説明しました。実際にいくつかの場所を見学にも行きました。その中で、Fさんが特定のサテライト型住居の写真を見て、何度も指をさし、明るい表情を見せることにチームは気づきました。

それはFさんからの明確な「YES」のサインでした。Iさんは後見人として、その住居の事業者と契約。Jさんは、Fさんが安心して生活できるよう、ヘルパーの利用時間を調整したり、緊急時の連絡体制を整えたりする支援計画を作成しました。

もちろん、一人暮らしにはリスクも伴います。しかし、IさんとJさんを中心としたチームは、「リスクがあるからやらせない」のではなく、「どうすればリスクを減らし、本人の望む暮らしを実現できるか」を考え抜いたのです。後見人Iさんの法的権限と、支援者Jさんの福祉的視点、そして何よりFさん本人の「意思」が組み合わさったことで、誰もが不可能だと思っていた夢が実現しました。

このケースは、成年後見制度が「意思決定支援」という考え方と結びつくことで、単なる「管理」のツールから、本人の「自己実現」を支えるツールへと進化できる可能性を示しています。

4-3. 「親なきあと」問題と制度の役割

障害のある子を持つ親にとって、「自分たちが死んだ後、この子はどうなるのか」という「親なきあと」問題は、胸をえぐられるような切実な悩みです。

この問題への備えとして、成年後見制度(特に任意後見)は有効な選択肢の一つです。親が元気なうちに、信頼できる人や法人を任意後見受任者として契約しておくことで、自分たちの死後、スムーズに子の支援体制をスタートさせることができます。

しかし、ここまで見てきたように、成年後見制度は万能ではありません。そこで、制度以外の選択肢も視野に入れておくことが重要になります。

  • 日常生活自立支援事業(地域福祉権利擁護事業):
    • 社会福祉協議会が実施しているサービス。
    • 判断能力が不十分な人に対して、福祉サービスの利用援助や、日常的な金銭管理(公共料金の支払代行など)を行います。
    • 成年後見制度よりも簡易な手続きで利用できますが、不動産の売買など法的な代理行為はできません。軽度な支援で十分な場合に有効です。
  • 財産管理等委任契約:
    • 判断能力があるうちに、財産の管理や事務手続きなどを特定の相手に任せる契約。任意後見契約とセットで結ぶことも多いです。
  • 信託(特に福祉型信託):
    • 親が元気なうちに、信託銀行や信託会社などに財産を託し(信託し)、自分の死後、その財産から子どもの生活費や施設利用料などが定期的に支払われるように設計する仕組み。
    • 後見制度と組み合わせることで、より確実で柔軟な財産管理が可能になります。「親の想い」を、お金という形で長期的に遺すことができる方法です。

大切なのは、成年後見制度を「唯一の答え」と考えるのではなく、これらの様々な選択肢の中から、本人の状況や希望に合わせて、最適なものを組み合わせる**「オーダーメイドの支援」**を考える視点です。


第5章:制度と賢く付き合うために~あなたが今できること~

さて、ここまで成年後見制度の光と影、そして障害のある方にとっての論点を詳しく見てきました。情報量が非常に多く、頭が混乱しているかもしれません。

最後に、これらの知識を踏まえて、「じゃあ、私たちは具体的に何をすればいいのか?」というアクションプランを、4つのステップで示します。

ステップ1:一人で悩まない。まずは「相談」する

これが、最も重要で、最初の一歩です。成年後見制度は非常に専門的で、家族だけで判断するのは危険です。必ず、公的な相談窓口を活用してください。

  • 市町村の担当窓口(高齢福祉課・障害福祉課など): 最も身近な相談先です。制度の概要や、地域で利用できるサービスについて教えてくれます。自治体によっては、報酬の助成制度について案内してくれることもあります。
  • 地域包括支援センター: 主に高齢者のための総合相談窓口ですが、成年後見制度についても詳しい専門家(社会福祉士など)がいます。
  • 社会福祉協議会: 日常生活自立支援事業の実施主体であり、権利擁護全般の相談に乗ってくれます。
  • 家庭裁判所: 制度の申し立てを行う場所です。手続きについて説明会を開催している場合もあります。
  • 法テラス(日本司法支援センター): 経済的に余裕のない方向けに、無料の法律相談や弁護士・司法書士費用の立て替えを行っています。
  • 弁護士会、司法書士会、社会福祉士会: 各専門職団体でも相談窓口を設けています。

相談する際は、一つの窓口だけでなく、複数の窓口で話を聞いてみることをお勧めします。それぞれの立場から、異なる視点のアドバイスがもらえるかもしれません。

ステップ2:「転ばぬ先の杖」としての任意後見を本気で検討する

もし、あなた自身やあなたの配偶者の将来に備えるのであれば、法定後見よりも**「任意後見」**を第一に検討すべきです。

メリットは、これまで見てきた通りです。

  • 自分で後見人を選べる
  • 支援内容を自分で決められる
  • 本人の意思が最大限尊重される

判断能力がはっきりしている「今」だからこそ、できる備えです。「まだ元気だから大丈夫」と思っているうちに、認知症などは静かに進行します。手遅れになる前に、専門家(公証役場や弁護士、司法書士など)に相談し、任意後見契約の準備を進めることを強くお勧めします。これは、あなた自身の尊厳を守ると同時に、将来あなたのことを支えてくれる家族の負担を軽くすることにも繋がります。

ステップ3:未来の後見人候補と「対話」する

障害のある子の「親なきあと」を考える場合も、元気なうちに、将来後見人になってほしいと思っている人(他の子どもや兄弟姉妹、信頼できる友人など)と、しっかりと話をしておくことが不可欠です。

話しておくべきことは、たくさんあります。

  • なぜ、あなたに後見人をお願いしたいのか
  • 子ども本人に、どのような人生を送ってほしいと願っているか
  • 財産の内容と、その管理についての希望
  • 医療や介護についての価値観(延命治療を望むか、など)
  • 子ども本人の好きなこと、嫌いなこと、譲れないこだわり

こうした「親の想い」を、エンディングノートや手紙のような形で書き遺し、それを基に対話を重ねておきましょう。それは、将来後見人になる人が、困難な判断に迫られたときの道しるべになります。そして、可能であれば、そうした想いを盛り込んだ任意後見契約や信託契約を、専門家を交えて作成しておくのが最善の策です。

ステップ4:制度以外の選択肢も「組み合わせる」視点を持つ

第4章で触れたように、成年後見制度は万能薬ではありません。

「本格的な財産管理は後見人に任せるけど、日常的なお金の出し入れや相談は、社会福祉協議会の日常生活自立支援事業にお願いしよう」

「親の財産は福祉型信託で安全に管理しつつ、身上保護の部分は後見人にお願いしよう」

このように、複数の制度やサービスを組み合わせることで、より本人にフィットした、きめ細やかな支援体制を構築することができます。そのためにも、ステップ1で挙げたような様々な相談窓口と繋がり、幅広い情報を得ておくことが重要になるのです。


おわりに:制度の主人公は、誰か?

長い旅にお付き合いいただき、ありがとうございました。

成年後見制度は、時に「究極のセーフティネット」として機能し、時に「自由を奪う鎖」にもなりうる、光と影を併せ持った複雑な制度です。メリットとデメリットを天秤にかけ、どちらが得か、と考えるだけでは、本質を見誤るかもしれません。

私たちが忘れてはならないのは、この制度の主人公は、後見人でも、家族でも、裁判所でもない、ということ。

主人公は、**制度を利用する「本人」**です。

その人が、何を望み、何を大切にし、どんな人生を歩みたいと願っているのか。たとえ、その想いをうまく言葉にできなくても、その心の声に耳を澄ませ、最大限に尊重しようとすること。その姿勢こそが、この諸刃の剣を、本人と家族の未来を照らす「希望の光」に変える、唯一の方法なのだと私は信じています。

この記事が、あなたと、あなたの大切な人の「自分らしい人生」を守るための、小さな灯火となることを心から願っています。今日、この瞬間からできる一歩を、ぜひ踏み出してみてください。

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