言葉につまる、それだけじゃない。「吃音」と共に生きるということ～最新研究と希望の未来～

「どもり」と呼ばれることの多い「吃音」。多くの人にとって、それは「少し言葉に詰まること」くらいの認識かもしれません。しかし、吃音と共に生きる人々にとって、それは単に話し方の癖というレベルを超え、日々のコミュニケーション、対人関係、自己肯定感に深く関わる、人生そのものに関わる問題となり得ます。

私たちが何気なく送る「おはよう」「ありがとう」「これ、お願いします」といった簡単な言葉も、吃音のある方にとっては大きなハードルとなることがあります。話したいことがあるのに、言葉が出てこない。特定の音や単語でつっかえてしまう。意図せず言葉を繰り返してしまう。そうした経験が積み重なることで、話すこと自体が怖くなり、人との関わりを避けるようになってしまうことも少なくありません。

この記事では、吃音とは何か、なぜ起こるのか、吃音のある方がどのような困難に直面し、どのように社会と関わっているのかを、できる限り分かりやすく、そして何よりも、吃音と共に生きる方々の声に耳を傾けながらお伝えしたいと思います。長い道のりかもしれませんが、吃音に対する誤解を解き、理解を深め、未来への希望を見出す旅に、ぜひ最後までお付き合いください。

第1章：吃音とは何か？～単なる「どもり」ではない、その複雑な姿～

まず、吃音の基本的な定義から始めましょう。吃音とは、話し言葉の滑らかな流れが、意図しない中断によって乱されるコミュニケーションの障がいです。主な症状としては、以下のようなものがあります。

反復（Repetitions）： 音、音節、単語、あるいはフレーズを繰り返すこと。「た、た、た、たたかい」「あ、あ、あ、ありがとう」「私は、私は、私は行きたい」
引き伸ばし（Prolongations）： 特定の音を引き伸ばすこと。「さーーーーーかな」「あーーーーのね」
難発（Blocks）： 音や言葉を出そうとしても、最初が出てこない、詰まってしまう状態。無言の状態が続いたり、体に力が入ったりすることもあります。

これらの症状は、話している途中で突然起こることが多く、予測が難しいのが特徴です。また、吃音の症状は常に一定ではなく、話す相手、状況、話題、体調などによって大きく変動します。リラックスしている時にはほとんど出ないのに、電話や自己紹介など特定の状況で顕著になる、といったこともよくあります。

吃音は、大きく二つのタイプに分けられます。

発達性吃音（Developmental Stuttering）： 子どもが言葉を覚え始める2歳から5歳頃に発症することが最も多いタイプです。多くの子どもは成長と共に自然に吃音が消失しますが、一部の子どもは成人期まで吃音が持続します。吃音のある成人のほとんどが、この発達性吃音です。
獲得性吃音（Acquired Stuttering）： 小児期以降に、脳損傷（脳卒中や頭部外傷など）や特定の神経疾患、あるいは精神的なストレスなどによって発症する吃音です。神経原性吃音や心因性吃音などがこれに含まれます。

この記事で主に焦点を当てるのは、一般的に「吃音」として認識されていることの多い発達性吃音です。

吃音は、単に言葉が滑らかに出ないという問題だけではありません。吃音のある多くの方が、言葉につまることに対する強い恐怖や不安（話すことへの不安、恐怖症：Communiophobiaと呼ばれることも）、話すことへの恥ずかしさ、自己肯定感の低下といった心理的な苦痛を伴います。また、吃音によってコミュニケーションを避けたり、言いたいことを諦めたりすることで、社会参加が制限されたり、キャリアの選択肢が狭まったりといった社会的な影響も深刻です。

吃音は、知的発達や聴覚、発声・発語器官に問題があるわけではありません。話したい内容は頭の中に明確にあります。しかし、それを言葉として滑らかに発することが難しいのです。この「言いたいことはあるのに、言葉が出てこない」というもどかしさや、意図しない体の反応（力みなど）が、吃音のある方々を深く苦しめているのです。

第2章：吃音の原因～「性格の問題」ではない、最新科学が示す真実～

かつて吃音は、「神経質」「内気」「親の育て方」といった心理的な要因や環境的な要因が主な原因だと考えられていました。しかし、近年の脳科学や遺伝学の進展により、吃音の原因は、単なる心理的な問題や育て方の問題ではなく、脳機能の特性や遺伝的な要因が複雑に絡み合って生じるものであることが明らかになってきています。これは、吃音のある方々にとって、自身の吃音が「性格のせいではない」「努力不足ではない」という大きな解放をもたらす真実です。

最新の研究で分かっている主な原因に関する知見は以下の通りです。

脳機能の特性： 脳画像研究（fMRIなど）により、吃音のある人とない人では、話す際に脳が活動するパターンに違いがあることが示されています。特に、言語処理や運動制御に関わる領域（例えば、左脳の言語野や、音を作り出す発声・発語器官をコントロールする領域）の活動や結合に、非吃音者とは異なる特徴が見られます。具体的には、話すときに通常活性化する左脳の特定の領域の活動が低下していたり、代わりに右脳の同じ領域が過剰に活動していたり、脳領域間の連携がスムーズでなかったりすることが報告されています。これは、脳の情報処理の仕方が、言葉を滑らかに話すという作業において、非吃音者とは異なっていることを示唆しています。
遺伝的要因： 吃音は、家族内での発症が多いことが古くから知られており、遺伝的な要因が関与していることが強く示唆されています。近年のゲノム研究により、吃音に関連する可能性のある特定の遺伝子がいくつか特定されています。これらの遺伝子は、脳の発達や神経伝達物質の機能に関わるものであると考えられています。ただし、特定の単一遺伝子だけが原因ではなく、複数の遺伝子と環境要因が相互作用して発症に関わっていると考えられています。
発達的な要因： 子どもが言葉を爆発的に獲得し始める時期は、脳の発達が非常にダイナミックな時期でもあります。この時期に、言語能力の発達速度、運動能力の発達速度、そして脳の神経回路の成熟度といった様々な要因が複雑に絡み合い、吃音が発症すると考えられています。全ての子供がこの時期に吃音になるわけではないことから、生まれ持った脳機能の特性（遺伝的要因など）と、言語獲得という発達的な負荷が相互に作用して発症に至るという見方が有力です。

重要な点は、これらの原因は「吃音のある人が脳に異常がある」ということを意味するのではなく、「吃音のある人の脳は、非吃音者の脳とは異なる特性を持っている」ということです。この特性が、言葉を滑らかに話すという特定のタスクにおいて、困難さとして現れるのです。

吃音は、決して精神的な弱さや努力不足からくるものではありません。脳機能の特性に起因する、生まれ持った、あるいは発達の過程で生じた話し方の多様性の一つと捉えるべきです。この理解が、吃音のある方々への不必要な偏見や誤解をなくし、適切な支援へと繋がる第一歩となります。

第3章：吃音のある人の経験～見えない苦悩、声にならない叫び～

吃音のある人が日常生活でどのような困難に直面し、どのような思いを抱えているのかを知ることは、吃音を理解する上で最も重要な部分です。ここでは、複数の架空のケースを通して、そのリアルな経験に触れてみましょう。これは特定の個人を表すものではなく、吃音のある多くの方が経験しうる状況を組み合わせたものです。

ケースAさん（20代男性）：就職活動の壁

Aさんは、大学生活で学業もアルバイトも真面目に取り組み、将来やりたい仕事も明確でした。しかし、就職活動が始まり、面接に臨むたびに、言葉がスムーズに出てこないことに苦しめられました。「お名前を教えてください」「志望動機は？」といった定型的な質問でさえ、最初の音が詰まってしまい、数秒間言葉が出てこなくなることがありました。面接官は時に困惑した表情を見せ、Aさんはそのたびに「またやってしまった」と強い羞恥心と自己嫌悪に苛まれました。「この会社に入りたい」という熱意や、自分の能力をうまく伝えることができないもどかしさ。「吃音のせいで、自分は評価されないのではないか」という不安が常に頭を離れませんでした。集団面接では、他の学生がスラスラと話すのを聞いて、さらに緊張が増し、吃音がひどくなる悪循環に陥りました。結果として、何度か不採用通知を受け取るたびに、「やはり吃音のせいだ」と自身の可能性を否定する気持ちが強くなっていきました。内定をいくつか得ることはできましたが、吃音が少ない状況で受けられた面接だったり、吃音があってもそこを評価の対象としない企業だったりしたためだと感じており、常に「自分の実力ではなく、運だ」と考えてしまう癖がついてしまいました。

ケースBさん（30代女性）：電話応対のプレッシャー

Bさんは、事務職として働いています。業務内容自体は問題なくこなせるのですが、彼女にとって最も大きな負担となっているのが電話応対です。「はい、〇〇株式会社です」と会社の名前を言う際に、「か、か、か、株式会社」と反復が出たり、名前を名乗る際に最初の音が出ずに詰まってしまったりします。相手を待たせてしまうことへの焦り、スムーズに話せないことへの恥ずかしさから、電話が鳴るたびに心臓がドキドキし、冷や汗をかくことがあります。時には、あまりの緊張で言葉が出なくなり、電話を切ってしまうこともありました。「どもっていると思われたくない」「仕事ができないと思われたらどうしよう」という不安から、簡単な電話も同僚に代わってもらうことが増え、他の業務に支障が出ていると感じています。プライベートでも、友人や家族からの電話に出るのが億劫になり、LINEなどのテキストメッセージで済ませてしまうことが増え、人間関係が希薄になっていくのを感じています。

ケースCさん（10代男性）：学校生活での孤立

C君は中学生です。授業中に先生から指名された時や、クラスメートの前で発表する時に、吃音がひどく出てしまいます。みんなの視線が自分に集まるのが分かり、顔が赤くなり、声が震え、言葉が出なくなります。時には、クラスメートから「何どもってんだよ」「早く言えよ」と心ない言葉を浴びせられることもあります。それが怖くて、積極的に発言することができず、次第に授業中も下を向いていることが増えました。休み時間も、友達との会話についていけず、冗談を言われてもすぐに返せないので、話題から置いていかれてしまいます。「どうせ何を言ってもうまく話せないから」と、自分の殻に閉じこもるようになり、学校に行くのが辛いと感じる日が増えていきました。部活動でも、顧問の先生や先輩に報告する際に吃音が出るのが怖くて、大切な連絡事項を伝えられず、チームに迷惑をかけてしまった経験から、自信を失っています。

ケースDさん（50代女性）：過去の経験がもたらす影響

Dさんは、子どもの頃から吃音がありました。当時は吃音に対する理解が今以上に進んでおらず、学校の先生やクラスメートからからかわれたり、「もっとゆっくり話しなさい」「ちゃんと話しなさい」と指導されたりした経験が、深くトラウマとして残っています。大人になって吃音の症状自体は落ち着いたものの、人前で話すことや、知らない人と話すことに対して強い苦手意識を持っています。会議での発言を極力控えたり、人前でスピーチをする機会を避けたりすることで、自分の意見や能力を十分に発揮できないもどかしさを感じています。「あの時、からかわれたように、また笑われるのではないか」という恐怖心が、常に彼女の行動を制限しています。家族は吃音について理解しようとしてくれますが、過去の辛い経験から、なかなか心を開いて相談することができません。

これらのケースは、吃音のある方が経験する困難のほんの一部です。吃音の症状だけでなく、それを取り巻く社会の無理解や偏見が、吃音のある方々をさらに苦しめている現実があります。話したいことを話せないもどかしさ、周囲の反応への恐れ、自分自身の存在価値への疑問。こうした見えない苦悩が、彼らの心に重くのしかかっています。

第4章：吃音との向き合い方～治療、支援、そして「あるがまま」を受け入れること～

吃音は、風邪のように治して終わり、という性質のものではありません。多くの専門家は、吃音を「治す」というよりも、「吃音と上手に付き合っていく」「吃音があっても豊かに生きる」という視点を重視しています。そのためのアプローチは多岐にわたり、個人の吃音のタイプ、重症度、年齢、そして本人の希望や目標によって異なります。

小児期の吃音への対応：

発達性吃音の子どもは、成長と共に自然に吃音が消失するケースが多くあります。しかし、吃音が持続するリスクが高いと判断される場合や、本人が吃音によって困難を感じている場合には、早期の専門的な支援が重要です。小児期の吃音に対する代表的なアプローチには以下のようなものがあります。

リスタート法（Lidcombe Program）： 親が家庭で子どもの話し方を観察し、吃音が出なかった流暢な話し方を褒める、吃音が出た時には優しく修正を促す、という方法を言語聴覚士の指導のもとで行います。子どもが話すことに対して肯定的な経験を積み重ねることを重視します。エビデンスに基づいた効果的なアプローチとして知られています。
デマンド＆キャパシティモデルに基づいたアプローチ： 吃音は、子どもが持つ流暢に話す能力（キャパシティ）に対して、環境からの要求（デマンド）が大きすぎると生じやすくなる、という考え方に基づきます。親や周囲が、子どもの話し方に対する要求を調整したり、話しやすい環境を整えたりすることで、吃音を軽減することを目指します。例えば、早口にならないように親がゆっくり話す、質問攻めにしない、子どもの話したい気持ちを尊重するといった工夫です。

成人期の吃音への対応：

成人期の吃音は、自然に消失することは少ないとされています。そのため、成人期のアプローチは、「吃音を完全に消す」ことよりも、「吃音をコントロールし、話すことへの不安を軽減し、吃音があっても自信を持ってコミュニケーションをとれるようになる」ことに重点が置かれます。

流暢性形成法（Fluency Shaping）： ゆっくり話す、発声を柔らかくする、音を引き伸ばしてつなげる、といった滑らかな話し方のテクニックを習得することを目指します。これらのテクニックを使うことで、吃音の症状を減らすことが期待できます。反復練習が必要であり、習得した話し方を実際のコミュニケーションで使うためには練習が必要です。
吃音緩和法（Stuttering Modification）： 吃音が出そうになった時や、吃音が出てしまった時に、その吃音をより楽なものに変えたり、吃音から素早く抜け出したりするためのテクニックを習得することを目指します。吃音そのものを回避するのではなく、吃音と向き合い、コントロール可能なものとして捉えることを重視します。吃音に対する否定的な感情や思考にも取り組みます。
認知行動療法（CBT）などによる心理的なアプローチ： 吃音に伴う話すことへの不安、恐怖、回避行動、ネガティブな自己イメージといった心理的な問題に焦点を当てたアプローチです。吃音に対する非合理的な思考パターンを修正したり、不安を感じる状況にあえて挑戦したりすることで、話すことへの抵抗感を軽減し、自信を高めることを目指します。
セルフヘルプグループへの参加： 吃音のある当事者同士が集まり、経験や悩みを共有したり、情報交換をしたりする場です。自分一人ではないことを知り、共感を得られることで、心理的な負担が軽減され、前向きな気持ちになれることがあります。

これらのアプローチは、単独で行われることもあれば、複数を組み合わせて行われることもあります。重要なのは、画一的な方法ではなく、個々の吃音のある人のニーズや目標に合わせたオーダーメイドのアプローチであるということです。そして、どのようなアプローチを選択するにしても、吃音のある本人が主体的に取り組み、自身の吃音と向き合う姿勢が不可欠です。

また、専門的な支援だけでなく、吃音のある人自身が日常生活の中でできるセルフケアや工夫も重要です。例えば、話すことへの不安を軽減するために、リラクセーション法を取り入れたり、不安を感じる状況をリストアップして段階的に慣れていったりすること。また、吃音が出ても自分を責めすぎず、「そういう時もあるさ」と受け流す心の持ち方も大切です。自分の吃音について、信頼できる人に話してみることも、孤立を防ぎ、理解を得る上で有効です。

そして、最も大切なことの一つは、「吃音があっても、自分は自分で良いのだ」と、「あるがまま」の自分を受け入れることです。吃音を「治すべきもの」「恥ずかしいもの」として捉え続けるのではなく、自分の個性の一部として、あるいは乗り越えるべき課題としてではなく、共に生きていく存在として認識すること。これは簡単なことではありませんが、自己肯定感を高め、前向きに生きていく上で非常に重要な視点です。

第5章：最新の研究と未来への希望～脳科学の進展、テクノロジー、そして社会の変化～

吃音の研究は、近年目覚ましい進歩を遂げています。特に、非侵襲的な脳画像技術（MRI、fMRIなど）の発展により、吃音のある人の脳がどのように機能しているのか、どのような特性を持っているのかが、以前にも増して詳細に分かってきています。

例えば、特定の脳領域の活動や、脳領域間のネットワークの接続性の違いが吃音に関連しているという知見は、吃音が単なる心理的な問題ではないというエビデンスを強固にしています。また、これらの知見は、将来的に吃音に対するより効果的な介入法や、個々の脳の特性に合わせたテーラーメイドの支援プログラムの開発に繋がる可能性を秘めています。

遺伝学の研究も進んでいます。吃音に関連する遺伝子の特定は、吃音の発症メカニズムの理解を深めるだけでなく、将来的には遺伝子情報に基づいたリスク評価や、早期介入の可能性を示唆しています。ただし、遺伝情報は非常にデリケートな情報であり、慎重な取り扱いと倫理的な議論が必要です。

テクノロジーの進展も、吃音のある人々の生活に変化をもたらし始めています。

遅延聴覚フィードバック（Delayed Auditory Feedback: DAF）/周波数シフト聴覚フィードバック（Frequency Altered Feedback: FAF）： 自分が話した声がわずかに遅れて聞こえたり、周波数が変わって聞こえたりする装置やアプリです。これらの聴覚フィードバックを変えることで、多くの吃音のある人の流暢性が一時的に向上することが古くから知られています。常に効果があるわけではありませんし、日常生活で常に使用するのは難しい場合もありますが、特定の状況（例えば、電話応対など）での流暢性を助けるツールとして活用されることがあります。
音声認識技術を活用した支援： 音声入力の精度向上や、AIによる音声アシスタントの普及は、吃音のある人々のコミュニケーションをサポートする可能性を秘めています。言葉がスムーズに出にくい場合でも、代替手段としてテキスト入力を活用したり、AIに代弁してもらったりすることが、コミュニケーションのハードルを下げることに繋がるかもしれません。
オンラインでの支援プログラムやコミュニティ： インターネットの普及により、地理的な制約なく専門的な支援を受けられたり、同じ吃音の悩みを持つ人々と繋がったりすることが容易になりました。オンラインカウンセリング、オンラインでの流暢性訓練、オンライン自助グループなどが、支援へのアクセスを改善しています。

これらの技術はまだ発展途上であったり、全ての吃音のある人に有効ではなかったりしますが、未来に向けて吃音のある人々のコミュニケーションをサポートする心強い味方となる可能性を秘めています。

そして、何よりも希望を感じさせてくれるのは、社会の吃音に対する認識が変わりつつあることです。かつては「矯正すべきもの」「隠すべきもの」と見なされがちだった吃音も、近年では多様性の一部として捉えようとする動きが広がっています。

吃音のある当事者自身が声を上げ、経験を共有し、啓発活動を行うことで、社会の理解は少しずつですが深まっています。「#吃音」といったハッシュタグを通じて、SNSで自分の吃音についてオープンに語る若者も増えています。著名人が自身の吃音経験を公表することも、社会全体の認識を変える上で大きな影響力を持っています。

企業や教育機関においても、吃音のある従業員や学生への配慮（例：発表方法の選択肢を増やす、電話応対の代替業務を用意するなど）を検討するところが増えてきました。ユニバーサルデザインの考え方がコミュニケーションにも応用され、「話し方の多様性」を前提とした社会のあり方が模索されています。

もちろん、まだまだ課題は山積しています。吃音のある人に対する偏見や差別は根強く残っていますし、専門的な支援へのアクセスも十分ではありません。しかし、確実に言えるのは、吃音を取り巻く状況は変化しており、未来は過去よりも明るいということです。脳科学の進展による吃音のメカニズム解明、テクノロジーによるコミュニケーション支援の可能性、そして何よりも、吃音のある人々の主体的な活動と、それを受け止めようとする社会の動き。これらが、吃音と共に生きる人々が、自身の可能性を諦めることなく、自分らしく輝ける未来への希望の光となっています。

第6章：周囲の人へのお願い～あなたにできる、温かい理解と支援～

もしあなたの周囲に吃音のある人がいたら、あなたはどのように接すれば良いのでしょうか？吃音に対する理解がないために、意図せず相手を傷つけてしまったり、不快な思いをさせてしまったりすることがあります。ここでは、吃音のある人とのコミュニケーションにおいて、私たちが心がけたいことをいくつかご紹介します。

最後まで、辛抱強く耳を傾ける： これが最も基本的な、そして最も大切なことです。吃音のある人が言葉につまっていても、途中で遮ったり、代わりに言葉を補ったりせず、最後まで話し終わるのを待ちましょう。話すスピードがゆっくりになっても、焦らせるような素振りを見せないでください。あなたが辛抱強く聞いてくれるという安心感は、吃音のある人にとって大きな支えになります。
吃音をからかったり、真似したりしない： これは言うまでもありませんが、絶対にやってはいけないことです。吃音はからかいの対象になるようなものではありません。
「もっとゆっくり話しなさい」「落ち着いて」「深呼吸して」といったアドバイスをしない： これらの言葉は、良かれと思ってかけているのかもしれませんが、多くの場合、吃音のある人にとってはプレッシャーにしかならず、逆効果です。吃音は、意識的な努力や精神論で「治る」ものではないからです。こうしたアドバイスは、「あなたの話し方はおかしいから直すべきだ」というメッセージとして受け取られてしまい、相手を傷つける可能性があります。
吃音についてオープンに話し合える関係を築く（本人が望む場合）： もし相手との信頼関係が築けているなら、「私にできることはある？」「あなたが話しやすいように、何か工夫できることはあるかな？」と尋ねてみるのも良いでしょう。ただし、吃音について触れられたくない人もいますので、相手の様子を見ながら、慎重にアプローチすることが大切です。本人が話したがらない場合は、無理強いしないでください。
話し方ではなく、話の内容に注目する： 吃音の有無や話し方の流暢さではなく、その人が話している内容そのものに集中しましょう。そして、その内容に対して適切な反応を返しましょう。あなたが吃音に過剰に注目していないということが伝われば、相手はリラックスして話すことができます。
安心できる、話しやすい環境を作る： 会話の相手や状況が限定されるほど、吃音は出にくくなる傾向があります。もし可能であれば、一対一で落ち着いて話せる環境を整えたり、時間的なプレッシャーをかけずに話せるように配慮したりすることも有効です。
吃音について学び、理解を深める： この記事を読んでくださっているあなたのように、吃音について正しい知識を持つことは、吃音のある人への理解と支援の第一歩です。書籍、インターネット、吃音当事者団体の情報などを参考に、学びを深めていきましょう。

吃音のある人は、吃音があること自体に苦しんでいるだけでなく、社会の無理解や偏見によってさらに追い詰められていることがあります。私たちが一人一人、吃音に対する正しい知識を持ち、温かい心で接することで、彼らが安心してコミュニケーションをとれる社会を創り出すことができます。それは、吃音のある人だけでなく、私たち自身にとっても、多様なコミュニケーションのあり方を認め合える、より豊かな社会へと繋がるはずです。

第7章：まとめ～吃音と共に、希望を胸に～

吃音は、単なる話し方の問題ではなく、脳機能の特性や遺伝的な要因が複雑に絡み合って生じる、コミュニケーションの多様性の一つです。かつては誤解や偏見に満ちていましたが、最新の科学研究によりそのメカニズムが解明されつつあり、テクノロジーの進化も吃音のある人々の生活をサポートする可能性を広げています。

吃音と共に生きる方々は、言葉につまることによる困難だけでなく、周囲の無理解や偏見によって心に深い傷を負うこともあります。しかし、彼らは自身の吃音と向き合い、様々な工夫をしながら、あるいは専門家の支援を得ながら、社会との繋がりを模索し、自分らしく生きようと努力しています。

そして何よりも希望を感じさせるのは、吃音のある当事者自身が声を上げ、社会全体で吃音に対する理解を深め、多様性を認め合う動きが広がっていることです。吃音は隠すべきものではなく、個性の一部として、あるいは多様な人間のあり方の一つとして受け入れられる社会へと、私たちは確実に歩みを進めています。

もしあなたが吃音で悩んでいるなら、あなたは一人ではありません。専門家や当事者団体など、あなたをサポートしてくれる存在は必ずいます。そして、吃音はあなたの価値を決めるものではありません。吃音があっても、あなたの持つ知識や経験、そしてあなたの人間性は、何ら変わることはありません。吃音と共に、希望を胸に、自分らしい人生を歩んでいってください。

もしあなたの周囲に吃音のある人がいるなら、どうか温かい心で接してください。最後まで話を聞くこと、からかわないこと、不適切なアドバイスをしないこと。あなたの少しの配慮と理解が、吃音のある人にとってどれほど大きな救いになるか計り知れません。

吃音というコミュニケーションの多様性を理解することは、私たち一人一人が、異なる特性を持つ他者との関わり方、そして自分自身のあり方を見つめ直す機会を与えてくれます。この記事が、吃音に対する理解を深め、吃音のある人々と私たちが共に生きる社会を創り出すための一助となれば幸いです。

吃音と共に、そして共に、希望の未来へ歩んでいきましょう。