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健康診断で”血糖値高め”と言われたあなたへ。糖尿病は「終わり」じゃない、豊かな人生を送るための羅針盤

Diabetes 雑記
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プロローグ:人生を変えた一枚の紙

「要精密検査」

健康診断の結果用紙に踊る、無機質な五文字。IT企業で働くAさん(45歳・男性)は、その文字を他人事のように眺めていました。日々の業務に追われ、食事はもっぱらコンビニ弁当か外食。付き合いの飲み会も多く、運動らしい運動は通勤で駅まで歩くくらい。少し太り気味なのは自覚していましたが、「同年代はみんなこんなものだろう」と高を括っていました。

「血糖値とヘモグロビンA1c(HbA1c)が基準値を大幅に超えています。すぐに内科を受診してください」

産業医の言葉にも、まだピンと来ないAさん。しかし、この一枚の紙が、彼の人生の航路を大きく変えることになる「糖尿病」という長い旅の始まりの合図だったのです。

この記事を読んでいるあなたも、Aさんと同じような経験があるかもしれません。あるいは、ご家族や親しい友人がそうかもしれません。糖尿病は、今や日本で「予備群」を含めると約2,000万人が該当すると推計される、まさに国民病です。

しかし、その実態はあまりに誤解されています。「尿に糖が出る病気」「甘いものの食べ過ぎが原因」といった単純なイメージで捉えられがちですが、その本質はもっと深く、そして放置すれば人生の質を根底から覆しかねない、恐ろしい側面を持っています。

この記事では、糖尿病という病気の正体を、最新の科学的エビデンスと具体的なケースを交えながら、どこよりも分かりやすく、そして深く掘り下げていきます。読み終えた時、あなたは糖尿病に対する漠然とした不安から解放され、自分や大切な人の未来を守るための、確かで力強い知識を手にしているはずです。

第1章:忍び寄る「甘い」病、糖尿病の正体とは?

そもそも「糖尿病」って何?

「糖尿病」という名前から、「尿が甘くなる病気」と思っている方は多いでしょう。それは間違いではありませんが、病気の本質を捉えてはいません。

糖尿病の本当の姿は、**「血液中のブドウ糖(血糖)が慢性的に過剰になり、全身の血管が傷つけられていく病気」**です。

私たちの体は、食事から摂取した炭水化物をブドウ糖に分解し、血液中に放出します。このブドウ糖は、脳や筋肉が活動するための重要なエネルギー源です。しかし、血液中のブドウ糖が増えすぎると、それはエネルギー源から「毒」へと姿を変え、じわじわと全身の血管を蝕んでいきます。

物語の鍵を握るヒーロー「インスリン」

ここで登場するのが、この物語の最重要キャラクターである**「インスリン」**です。インスリンは、膵臓にある「β細胞」という場所で作られるホルモンです。

インスリンの役割を、宅配便のシステムに例えてみましょう。

  • ブドウ糖:全身の細胞(家)に届けられるべき「エネルギーという荷物」
  • 血液:荷物を運ぶ「道路」
  • インスリン:荷物をそれぞれの家(細胞)に届ける「配達員」

食事をして血糖値が上がると(道路に荷物が増えると)、膵臓からインスリン(配達員)が出動します。インスリンは、筋肉や脂肪などの細胞のドアを開け、ブドウ糖という荷物を細胞内に取り込ませる役割を担っています。これにより、血液中のブドウ糖はエネルギーとして使われたり、貯蔵されたりして、血糖値は適切な範囲に保たれるのです。

糖尿病は、このインスリンのシステムに問題が生じることで発症します。

1型と2型:全く異なる二つの物語

糖尿病には、主に「1型糖尿病」と「2型糖尿病」の二つのタイプがあり、その原因は全く異なります。これは非常に重要なポイントなので、しっかりと区別して理解しましょう。

1. 1型糖尿病:ある日突然、配達員がいなくなった

1型糖尿病は、自己免疫疾患の一種と考えられています。何らかの原因で、自分の体を守るはずの免疫システムが暴走し、膵臓でインスリンを作るβ細胞を「敵」と間違えて攻撃し、破壊してしまう病気です。

その結果、インスリンをほとんど、あるいは全く作ることができなくなります。宅配便の例で言えば、配達員(インスリン)を送り出す会社(膵臓)が破壊され、配達員が一人もいなくなってしまった状態です。

道路(血液)にはエネルギーの荷物(ブドウ糖)が溢れかえっているのに、どの家(細胞)にも届けることができません。そのため、血糖値は急激に、そして危険なレベルまで上昇します。

1型糖尿病は、子どもや若年層での発症が多いですが、成人や高齢者で発症することもあります。生活習慣とは関係なく発症し、治療には生涯にわたるインスリン注射が不可欠です。

  • ケーススタディ:Bさん(15歳・女子高生)陸上部に所属し、活発な毎日を送っていたBさん。ある頃から、練習中に異常な喉の渇きを覚え、水をがぶ飲みするように。トイレの回数も増え、体重も急に5kg落ちました。母親が「なんだかおかしい」と病院に連れて行くと、即日入院。「1型糖尿病」と診断されました。Bさんと家族は、なぜ自分たちが?とショックを受けましたが、医師や看護師からインスリン注射の方法や血糖管理について学び、今では病気と向き合いながら部活動にも復帰しています。「病気になったからって、夢を諦める必要はない」と彼女は力強く語ります。

2. 2型糖尿病:配達員の働きが悪くなった、または数が足りなくなった

日本の糖尿病患者の95%以上を占めるのが、この2型糖尿病です。こちらは、生活習慣と遺伝的要因が複雑に絡み合って発症します。

2型糖尿病の状態は、宅配便の例で二つのパターンに分けられます。

  • インスリン抵抗性:配達員(インスリン)はちゃんといるのに、届け先の家(細胞)が肥満などで散らかっており、ドアが開きにくくなっている状態。インスリンが効きにくくなっているのです。
  • インスリン分泌不全:長年の過重労働で配達員(インスリン)が疲れ果ててしまい、数が減ってしまった、あるいは十分な働きができなくなってしまった状態。

多くの場合、この二つが合併して起こります。最初は「インスリン抵抗性」に対応するため、膵臓はより多くのインスリンを分泌しようと頑張ります(残業続きの配達員たち)。しかし、その状態が長く続くと、やがて膵臓は疲れ果ててしまい、「インスリン分泌不全」に陥ってしまうのです。

肥満、運動不足、高カロリー・高脂肪の食事、ストレス、加齢、そして遺伝的な体質などが、2型糖尿病の引き金となります。

第2章:なぜ私が?糖尿病の知られざる原因

「私は甘いものなんて、そんなに食べないのに…」

糖尿病と診断された多くの人が、そう口にします。しかし、原因は「甘いもの」だけではありません。2型糖尿病のリスクを高める要因は、私たちの日常に潜んでいます。

遺伝:変えられない「設計図」

糖尿病、特に2型糖尿病には、明らかに遺伝的な要因が関わっています。両親や兄弟に糖尿病の人がいる場合、そうでない人に比べて発症リスクは2〜3倍以上高まると言われています。

これは「糖尿病そのもの」が遺伝するわけではなく、**「糖尿病になりやすい体質」**が遺伝すると考えられています。例えば、インスリンを分泌する能力がもともと少し低い、あるいはインスリン抵抗性が生じやすい、といった体質です。

特に、日本を含むアジア人は、欧米人に比べてインスリンの初期分泌能力が低いことが知られています。そのため、欧米人ほど太っていなくても、比較的軽度の肥満で糖尿病を発症しやすい傾向があります。これが**「痩せ型糖尿病」**と言われるもので、「自分は太っていないから大丈夫」という考えが危険な理由です。

環境:変えられる「生活習慣」

遺伝という「設計図」があったとしても、実際に糖尿病という「家」が建つかどうかは、環境要因、つまり生活習慣が大きく影響します。

  • 食べ過ぎ・肥満:特に内臓の周りに脂肪が蓄積する「内臓脂肪型肥満」は、インスリン抵抗性を引き起こす最大の原因です。内臓脂肪からは、インスリンの働きを妨害する悪玉物質が分泌されることが分かっています。
  • 運動不足:運動は、筋肉でのブドウ糖の消費を促し、インスリンの効きを良くする最も効果的な方法の一つです。運動不足はこの逆で、インスリン抵抗性を悪化させます。
  • 食事内容の乱れ:高カロリー、高脂肪、高糖質の食事はもちろん、早食い、まとめ食い、朝食を抜くなどの不規則な食生活は、食後の血糖値を急激に上昇させ、膵臓に大きな負担をかけ続けます。
  • ストレス:精神的なストレスは、血糖値を上げるホルモン(コルチゾールやアドレナリンなど)の分泌を促し、インスリンの働きを弱めてしまいます。
  • 加齢:年齢とともに、筋肉量が減少し、インスリンの分泌能力や感受性が低下する傾向があります。
  • その他の要因:喫煙、過度の飲酒、睡眠不足なども、糖尿病のリスクを高めることが多くの研究で示されています。

遺伝というカードを変えることはできません。しかし、生活習慣というカードは、あなたの意志でいくらでも変えることができるのです。

第3章:沈黙の警告サインと、本当に恐ろしい「合併症」

糖尿病が「サイレント・キラー(沈黙の殺し屋)」と呼ばれる所以は、初期段階ではほとんど自覚症状がないことにあります。しかし、水面下では着実に、あなたの体を蝕んでいます。

もしかして?糖尿病の初期サイン

血糖値がかなり高くなってくると、以下のような症状が現れることがあります。

  • 異常に喉が渇く(口渇)、水分をたくさん飲む(多飲):血液中の糖が多くなると、体は尿として糖を排出しようとします。その際、多くの水分も一緒に失われるため、脱水状態になり喉が渇きます。
  • 尿の回数が増える、量が増える(頻尿・多尿):上記の理由で、尿の量と回数が増えます。
  • 体重が急に減る:インスリンがうまく働かず、ブドウ糖をエネルギーとして利用できないため、体は代わりに筋肉や脂肪を分解してエネルギー源にしようとします。そのため、食べているのに痩せていきます。
  • 体がだるい、疲れやすい(倦怠感):細胞にエネルギーが十分に届かないため、エネルギー不足に陥ります。

これらの症状は、1型糖尿病では比較的急激に現れますが、2型糖尿病ではゆっくりと進行するため、気づかれにくいのが特徴です。

本当の恐怖は「合併症」にある

糖尿病の本当の恐ろしさは、これらの症状そのものではなく、高血糖が長期間続くことによって引き起こされる**「合併症」**にあります。高血糖によって傷つけられた血管は、全身に悲鳴を上げ始めます。

合併症は、主に「細い血管」がやられる細小血管症と、「太い血管」がやられる大血管症に分けられます。覚えやすいように、三大合併症である**「し・め・じ」と、命に関わる「え・の・き」**と覚えてください。

【細小血管症:し・め・じ】

  • し:神経障害(Diabetic Neuropathy)最も早く現れ、最も頻度の高い合併症です。手足の末梢神経がダメージを受け、**「足のしびれ」「ピリピリ、ジンジンする痛み」「感覚が鈍くなる」**といった症状が出ます。進行すると、痛みを感じにくくなるため、靴擦れや小さな傷に気づかず、そこから細菌が感染して壊疽(えそ)を起こし、最悪の場合、足の切断に至ることもあります。また、自律神経が侵されると、立ちくらみ、便秘や下痢、排尿障害、ED(勃起不全)など、全身に様々な不調が現れます。
  • め:網膜症(Diabetic Retinopathy)目の奥にある網膜の細い血管が傷つき、出血したり、詰まったりする病気です。初期は無症状ですが、進行すると視力が低下し、最悪の場合、失明に至ります。日本では、依然として成人の中途失明原因の第2位が糖尿病網膜症です。定期的な眼科検診が不可欠です。
  • じ:腎症(Diabetic Nephropathy)腎臓にある、血液をろ過して尿を作るための毛細血管の塊(糸球体)がダメージを受ける病気です。初期は尿に微量のタンパク質が漏れ出すだけですが、進行すると腎臓の機能が著しく低下し、体内の老廃物を排出できなくなります。末期になると、自分の腎臓の代わりを機械にやってもらう人工透析が必要になります。透析は週に2〜3回、1回4時間ほどかけて行う必要があり、生活に大きな制約が生まれます。現在、日本で新たに透析を導入する原因疾患の第1位は、糖尿病腎症です。

【大血管症:え・の・き】

細い血管だけでなく、太い動脈でも動脈硬化が急速に進行します。高血糖は、血管の内壁を傷つけ、そこに悪玉コレステロールなどが溜まりやすい状況を作り出すためです。

  • え:壊疽(えそ):足の血管(閉塞性動脈硬化症)
  • の:脳血管障害(脳梗塞)
  • き:虚血性心疾患(心筋梗塞・狭心症)

脳や心臓の太い血管が詰まれば、それは即、命に関わります。糖尿病の人は、そうでない人に比べて心筋梗塞や脳梗塞を発症するリスクが2〜4倍も高いことが分かっています。

  • ケーススタディ:Cさん(58歳・自営業)10年前に2型糖尿病と診断されたCさん。仕事が忙しいことを理由に、通院を中断していました。最近、歩くと足が重くだるく、少し休むと楽になるという症状がありましたが、「年のせいだろう」と放置。ある日、足先にできた小さなタコが化膿し、黒く変色しているのに気づきました。慌てて病院に行くと、「糖尿病性足病変による壊疽」と「閉塞性動脈硬化症」と診断。緊急手術で足の指を切断することになりました。「あの時、ちゃんと治療を続けていれば…」。Cさんの後悔は、あまりにも大きなものでした。

これらの合併症は、一度進行してしまうと元に戻すことは非常に困難です。だからこそ、症状がないうちから、血糖値を良好にコントロールし続けることが何よりも重要なのです。

第4章:未来を変える!糖尿病との向き合い方~診断と治療の最前線~

糖尿病と診断されることは、絶望の宣告ではありません。むしろ、これまでの生活を見直し、より健康的な未来を自らの手で築いていくための「スタートライン」です。ここでは、現代医療における糖尿病治療の標準的なアプローチと、その最前線を見ていきましょう。

診断:自分を知るための第一歩

健康診断などで血糖値の異常を指摘された場合、医療機関ではさらに詳しい検査を行います。診断の鍵となるのは、主に以下の二つの指標です。

  1. 血糖値:採血した時点での血液中のブドウ糖濃度です。「空腹時血糖値」と、ブドウ糖の入った甘いサイダーのような液体を飲んでからの時間経過を測る「75g経口ブドウ糖負荷試験(75gOGTT)」があります。
  2. ヘモグロビンA1c(HbA1c):過去1〜2ヶ月間の血糖値の平均点を表す指標です。赤血球の中のヘモグロビンに、血液中のブドウ糖がどれくらい結合しているかを見ています。血糖値がその日その時の「瞬間値」であるのに対し、HbA1cは長期的な血糖コントロール状態を把握するための重要な「成績表」です。

これらの結果を総合的に判断し、「糖尿病型」「境界型(予備群)」「正常型」のいずれかに判定されます。

治療の三本柱:食事・運動・薬物療法

糖尿病治療の基本は、今も昔も**「食事療法」「運動療法」です。これだけで血糖コントロールが良好になる人も少なくありません。この二つで不十分な場合に、「薬物療法」**が加わります。この三本柱は、どれか一つだけを行えば良いというものではなく、互いに連携させながら進めていくことが重要です。

1. 食事療法:ただの「制限」から「マネジメント」へ

かつての食事療法は「あれもダメ、これもダメ」という厳しいカロリー制限のイメージが強かったかもしれません。しかし、近年の考え方は大きく変わりました。重要なのは、**「自分にとっての適切なエネルギー摂取量を守りながら、栄養バランスの取れた食事を、規則正しく楽しむこと」**です。

  • 総エネルギー量の設定:年齢、性別、身体活動量、肥満度などから、医師や管理栄養士が一人ひとりに合った1日の摂取カロリーを決定します。
  • 栄養バランス:炭水化物、タンパク質、脂質の三大栄養素をバランス良く摂ることが基本です。特に、食物繊維(野菜、きのこ、海藻など)を積極的に摂ることは、食後の血糖値の急上昇を抑えるのに非常に効果的です。
  • 食べる順番:食事の際に、まず野菜や汁物(食物繊維)から食べ始め、次におかず(タンパク質・脂質)、最後にご飯やパン(炭水化物)を食べる「ベジ・ファースト(カーボ・ラスト)」は、簡単に実践でき、血糖値の上昇を緩やかにする効果が科学的に証明されています。
  • ゆっくりよく噛む:早食いは血糖値の急上昇を招きます。一口30回を目安によく噛むことで、満腹感も得やすくなり、食べ過ぎを防ぎます。
  • ケーススタディ:Dさん(52歳・主婦)2型糖尿病と診断され、自己流で厳しい糖質制限を始めたDさん。体重は減ったものの、常にイライラし、食事を楽しむことができずにいました。そんな時、管理栄養士から栄養指導を受けることに。「制限ではなく、工夫しましょう」という言葉に励まされ、食べる順番や調理法(揚げる→焼く・蒸す)、間食の選び方などを学びました。今では家族と同じメニューを食べながら、上手に血糖をコントロールできるようになり、「食事がまた楽しくなった」と笑顔で話します。

2. 運動療法:最高の「天然インスリン」

運動は、血糖値を下げるための「薬」と言っても過言ではありません。運動には二つの大きな効果があります。

  • 短期的効果:運動することで、筋肉がインスリンの助けを借りずに直接ブドウ糖を取り込み、エネルギーとして消費します。これにより、食後の高血糖を速やかに改善できます。
  • 長期的効果:運動を継続すると、筋肉が増え、インスリンの効きが良い体質(インスリン抵抗性の改善)に変わっていきます。

推奨されるのは、以下の二つの運動の組み合わせです。

  • 有酸素運動:ウォーキング、ジョギング、水泳、サイクリングなど。少し汗ばむ程度で、会話が楽しめるくらいの強度が目安です。週に150分以上を目標に、1回20分以上、週に3〜5日行うのが理想です。
  • レジスタンス運動(筋トレ):スクワット、腕立て伏せ、ダンベル体操など。大きな筋肉を鍛えることで、糖の消費量を増やし、基礎代謝を上げることができます。週に2〜3回、無理のない範囲で行いましょう。

忙しくてまとまった時間が取れない人は、エレベーターを階段にする、一駅手前で降りて歩くなど、日常生活の中でこまめに体を動かす「ながら運動」から始めるだけでも効果があります。

3. 薬物療法:進化し続ける心強いパートナー

食事と運動だけでは目標の血糖コントロール(一般的にHbA1c 7.0%未満)が達成できない場合、薬物療法の出番となります。糖尿病の治療薬は、ここ10年で劇的な進歩を遂げました。単に血糖値を下げるだけでなく、合併症、特に心臓や腎臓を守る効果が証明された薬が次々と登場しています。

  • 飲み薬(経口血糖降下薬):インスリンを出しやすくする薬、インスリンの効きを良くする薬、糖の吸収を遅らせる薬、尿から糖を排泄させる薬など、様々な作用機序の薬があります。
  • 注射薬
    • GLP-1受容体作動薬:血糖値が高い時にだけインスリン分泌を促すため、単独では低血糖を起こしにくいのが特徴です。食欲を抑える効果もあり、体重減少も期待できます。週に1回の注射で済むタイプもあり、患者の負担を大きく軽減しました。さらに近年の大規模臨床試験で、心筋梗塞や脳梗塞の発症を抑制する効果(心血管保護効果)や、腎臓の機能を守る効果(腎保護効果)が証明され、治療の主役の一つとなっています。
    • インスリン製剤:1型糖尿病の治療には必須ですが、2型糖尿病でも病状が進行し、自分の膵臓から出るインスリンだけでは不十分になった場合に使用します。昔のイメージとは異なり、ペン型の注射器で誰でも簡単に、ほとんど痛みなく注射できるようになっています。

特に注目すべきは、飲み薬である**「SGLT2阻害薬」**です。この薬は、腎臓で一度ろ過されたブドウ糖が再吸収されるのを阻害し、余分な糖を尿と一緒に体外へ排泄させるという、全く新しいメカニズムの薬です。血糖降下作用に加え、体重減少や血圧低下の効果もあります。そして何より画期的なのは、GLP-1受容体作動薬と同様に、心不全による入院を減らしたり、心血管死のリスクを下げたり、腎症の進行を抑制したりする効果が、糖尿病があるかないかに関わらず示されたことです。これにより、SGLT2阻害薬は単なる血糖降下薬ではなく、「心臓・腎臓保護薬」としての地位を確立しました。

これらの新しい薬の登場により、糖尿病治療は「血糖値を下げる」というステージから、**「将来の合併症を予防し、健康寿命を延ばす」**という、より高い次元のステージへと進化しているのです。

第5章:テクノロジーが医療を変える~糖尿病治療の未来~

薬物療法の進化と並行して、日々の血糖管理をサポートするテクノロジーも目覚ましい発展を遂げています。これらは患者の生活の質(QOL)を劇的に向上させています。

持続血糖測定器(CGM)/フラッシュグルコースモニタリング(FGM)

これまでは、指先に針を刺して血液を出し、血糖値を測定するのが一般的でした。これは「点」の情報を得るに過ぎず、食事や運動、睡眠中に血糖値がどう変動しているかを知ることはできませんでした。

CGMやFGMは、腕などに貼り付けた小さなセンサーで、皮下の間質液中のグルコース濃度を24時間連続で測定・記録するデバイスです。

  • CGM(Continuous Glucose Monitoring):自動的に5分ごとなどに血糖値を測定し続け、スマートフォンや専用の受信機にデータを送信します。高血糖や低血糖を事前にアラートで知らせてくれる機能もあります。
  • FGM(Flash Glucose Monitoring):センサーにリーダー(読み取り機)やスマートフォンをかざすことで、その時点での血糖値と、過去8時間の変動グラフが表示されます。

これにより、血糖値の動きが「線」や「グラフ」として可視化されます。どんな食事をすると血糖値が急上昇するのか、運動の効果はどれくらいか、夜中に気づかない低血糖(無自覚性低血糖)が起きていないか、といったことが一目瞭然になります。これは、患者自身が自分の体への理解を深め、より良い自己管理を行うための、まさに革命的なツールです。

  • ケーススタディ:Eさん(38歳・プログラマー)1型糖尿病歴20年のEさん。血糖コントロールは良好だと思っていましたが、FGMを使い始めて衝撃を受けました。夜中に自分が気づかないうちに低血糖を起こし、その反動で朝方に高血糖になっていることが分かったのです。医師と相談し、夜間のインスリン量を調整したところ、日中のだるさが消え、仕事のパフォーマンスも向上しました。「長年の謎が解けた。もうこれなしの生活は考えられない」とEさんは言います。
人工膵臓(AID)への道

さらに先進的な治療として、CGMとインスリンポンプを連動させ、アルゴリズムによってインスリン注入量を自動で調整するAID(Automated Insulin Delivery)システム、通称**「人工膵臓」**も登場しています。まだ完全な自動化には至っていませんが、特に夜間の血糖管理の負担を大幅に軽減し、より理想的な血糖コントロールの実現に近づいています。

こうしたテクノロジーの進化は、糖尿病患者を日々の煩雑な管理から解放し、より自由で安心な生活を送るための大きな希望となっています。

第6章:糖尿病と共に豊かに生きるために

糖尿病は、一度診断されると、生涯にわたって付き合っていくことになる慢性疾患です。だからこそ、医学的な治療と同じくらい、あるいはそれ以上に大切なことがあります。

一人で抱え込まないこと

日々の食事管理、運動、血糖測定、服薬…。糖尿病との付き合いは、時に大きな心理的負担となります。「糖尿病うつ」という言葉があるように、抑うつ状態に陥る患者さんは少なくありません。また、頑張りすぎて燃え尽きてしまう「バーンアウト」も問題です。

大切なのは、一人で抱え込まないこと。

  • 医療チームを頼る:医師、看護師、管理栄養士、薬剤師は、あなたの治療をサポートする専門家チームです。不安なこと、分からないことは、どんな些細なことでも相談しましょう。
  • 家族や友人の理解を得る:病気のことをオープンに話し、協力を求めることも重要です。周りの人の理解とサポートは、何よりの力になります。
  • 患者会に参加する:同じ病気を持つ仲間と話すことで、悩みを共有し、有益な情報を交換できます。「自分だけじゃないんだ」と感じることは、大きな安心感につながります。
病気と共に「生きる」ということ

糖尿病になったからといって、人生が終わるわけではありません。好きなことを諦める必要もありません。

旅行に行く時はどうすればいいか。外食を楽しむためのコツは何か。スポーツをする時の注意点は何か。一つひとつ、主治医や医療チームと相談しながら、自分なりのやり方を見つけていけば良いのです。

むしろ、糖尿病になったことをきっかけに、それまで無頓着だった自分の健康に関心を持ち、食生活や運動習慣を改善し、以前よりも健康的な生活を送れるようになった、という人も大勢います。

糖尿病は、あなたから何かを奪うだけの病気ではありません。それは、あなたの人生をより深く、より大切に見つめ直すための「きっかけ」を与えてくれる存在なのかもしれません。

エピローグ:Aさんのこれから

冒頭のAさんは、診断から1年が経ちました。専門医のもとで治療を開始し、管理栄養士の指導で食生活を改善。週末にはジムに通って汗を流すのが習慣になりました。最新のSGLT2阻害薬を服用し、血糖値(HbA1c)は目標範囲内で安定しています。

体重は10kg減り、体は軽やか。何より、以前のような倦怠感がなくなり、仕事にも集中できるようになったと言います。「最初はショックだったけど、今思えば、あの時糖尿病と診断されて良かったのかもしれない。あのままの生活を続けていたら、今頃どうなっていたか…」と彼は語ります。

彼の旅はまだ始まったばかりです。しかし、正しい知識という羅針盤と、医療チームという頼れるクルー、そして何より「自分の人生は自分でコントロールする」という強い意志を持って、彼は糖尿病という大海原を、力強く航海していくことでしょう。

この記事が、あなたの、そしてあなたの大切な人の、希望ある未来への航海の一助となることを、心から願っています。

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