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「がん」と一言で片付けないで。無数のがんの顔と、未来を照らす希望の物語

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はじめに – なぜ今、「がん」を正しく知る必要があるのか

日本人の2人に1人が生涯のうちに一度は「がん」と診断され、3人に1人ががんで亡くなる時代。この数字は、もはや他人事ではないという厳しい現実を私たちに突きつけます。がんは、誰にとっても避けては通れない、人生のどこかで向き合う可能性のあるテーマとなりました。

しかし、私たちは「がん」という病をどれだけ正しく理解しているでしょうか。

「不治の病」「かかったら終わり」…そんな数十年前のイメージを引きずってはいないでしょうか。あるいは、情報が溢れすぎている現代だからこそ、何が正しくて何が間違っているのか分からず、ただ漠然とした不安だけが大きくなってはいないでしょうか。

この記事の目的は、その漠然とした不安を、具体的な「知識」という武器に変えることです。がんは決して一つの病気ではありません。発生する臓器、細胞の顔つき(性質)、進行のスピード、有効な治療薬まで、その種類は驚くほど多岐にわたります。肺がんと白血病が全く異なる病であるように、同じ胃がんであっても、患者さん一人ひとりでその性質は異なります。

この多様性を理解することこそが、がんという巨大な敵を知る第一歩です。それは、予防のために何ができるのか、どんなサインに気をつけるべきなのか、そして、もしもの時にどんな治療の選択肢があるのかを知ることに繋がります。

この記事では、一つひとつのがんの物語に耳を傾け、最新の科学的エビデンスに基づいた情報を、どこよりも分かりやすく、そして心に届く形でお伝えします。読み終えた時、あなたの「がん」に対するイメージは刷新され、未来への確かな羅針盤を手にしているはずです。

さあ、あなたと、あなたの愛する人を守るための旅を始めましょう。


第1部:そもそも「がん」とは何か? – 共通の敵の正体

私たちの体は、約37兆個もの細胞が集まってできています。これらの細胞は、皮膚が新しく生まれ変わったり、怪我が治ったりするように、体のルールに従って分裂(コピーを作って増えること)し、古くなれば自ら死んでいく(アポトーシスというプログラムされた細胞死)という、見事な秩序を保っています。

しかし、この秩序が破られることがあります。

何らかの原因で細胞の設計図である「遺伝子」に傷がつき、その結果、ブレーキが壊れた車のように、体からの命令を無視して無限に増え続けるようになった細胞。これが「がん細胞」です。

がん細胞には、正常な細胞にはない、厄介な3つの特徴があります。

特徴1:自律的な無限増殖

正常な細胞は、必要な時だけ、必要な数だけ増殖します。周りの細胞とぶつかれば「もう増えるな」という信号を受け取って停止しますし、一定の回数分裂すると寿命を迎えます。しかし、がん細胞はこのルールをすべて無視します。周りの状況もお構いなしに、勝手に、そして無限に増え続けます。この細胞の塊が、私たちが「がん」と呼ぶ腫瘍(しゅよう)の正体です。

特徴2:浸潤(しんじゅん)

正常な細胞は、自分の持ち場をわきまえています。皮膚の細胞が筋肉の中に割り込んでいくことはありません。しかし、がん細胞は非常に攻撃的で、周りの組織に染み込むように広がっていきます。これを「浸潤」と呼びます。がんが周りの臓器を破壊し、機能を奪っていくのは、この浸潤という性質のためです。

特徴3:転移(てんい)

がん細胞の最も恐ろしい性質が「転移」です。がん細胞は、もともと発生した場所(原発巣)から剥がれ落ち、血管やリンパ管に入り込んで血液やリンパ液の流れに乗り、全身の様々な場所に旅をします。そして、肺や肝臓、脳、骨など、たどり着いた先で新しい拠点(転移巣)を作り、そこでまた増殖を始めます。最初にできた胃がんを手術で取り除いても、すでに肝臓に転移していれば、そこからまたがんが大きくなってしまうのです。この転移こそが、がんの治療を難しくし、命を脅かす最大の原因となります。

つまり、「がん」とは、**「遺伝子の異常によって、無限に増殖し、周りに浸潤し、遠くに転移する能力を獲得した細胞の集団」**と言うことができます。

そして重要なのは、この「遺伝子の異常」のパターンが、がんの種類によって、さらには同じがんでも患者さん一人ひとりによって異なるという事実です。これが、「がんは多様な病気の総称である」と言われる所以なのです。


第2部:がんの分類法 – 無数の顔を持つがんをどう見分けるか

「がん」と一言で言っても、その種類は200以上あると言われています。医師はこれらをどのように見分け、分類しているのでしょうか。大きく分けて2つの分類法があります。「どこから発生したか」という組織による分類と、「どれくらい進行しているか」という進行度による分類です。

分類法1:発生した組織による分類 – がんの「出身地」

がんは、発生した細胞の種類によって、大きく「癌腫(がんしゅ)」「肉腫(にくしゅ)」「血液のがん」の3つに分けられます。

1. 癌腫(Carcinoma)

これは、最も一般的なタイプのがんで、私たちが「がん」と聞いて思い浮かべるものの多くがこの癌腫に分類されます。体の表面や、臓器の内部の表面を覆っている「上皮細胞」から発生します。

例えば、以下のようなものが含まれます。

  • 肺がん: 気管支や肺胞の上皮細胞から発生。
  • 胃がん: 胃の粘膜の上皮細胞から発生。
  • 大腸がん: 大腸の粘膜の上皮細胞から発生。
  • 乳がん: 母乳を作る乳腺の上皮細胞から発生。
  • 肝細胞がん: 肝臓を構成する肝細胞(これも上皮細胞の一種)から発生。
  • 前立腺がん: 前立腺の上皮細胞から発生。
  • 子宮頸がん: 子宮の入り口である頸部の上皮細胞から発生。

癌腫は、さらに「腺がん」や「扁平上皮がん」など、細胞の見た目(組織型)によって細かく分類されます。この組織型の違いによって、がんの性質や治療薬の効きやすさが変わってくることがあります。

2. 肉腫(Sarcoma)

こちらは、癌腫に比べて発生頻度が低い、いわゆる「希少がん」の一種です。骨、軟骨、脂肪、筋肉、血管など、体を支えたり結合したりする役割を持つ「非上皮性細胞(間葉系細胞)」から発生します。

例えば、以下のようなものがあります。

  • 骨肉腫: 骨を作る細胞から発生。10代の若者に多いのが特徴です。
  • 軟部肉腫: 脂肪、筋肉、神経、血管などの柔らかい組織(軟部組織)から発生。体のあらゆる場所にできる可能性があります。

肉腫は癌腫とは性質が大きく異なり、治療法も専門的な知識が必要とされることが多いがんです。

3. 血液のがん

これは、骨髄で血液が作られる過程で、血液細胞のもとになる細胞(造血幹細胞)ががん化する病気です。固形の塊を作らず、がん細胞が血液やリンパの流れに乗って全身をめぐるのが特徴です。

主なものに以下の3つがあります。

  • 白血病: 「血液のがん」の代名詞的存在。骨髄で異常な白血球が際限なく増え、正常な血液細胞が作れなくなります。急激に進行する「急性白血病」と、ゆっくり進行する「慢性白血病」があります。
  • 悪性リンパ腫: 全身に張り巡らされたリンパ組織(リンパ節やリンパ管など)にあるリンパ球ががん化する病気です。首や脇の下、足の付け根などのリンパ節が腫れることで気づかれることが多いです。
  • 多発性骨髄腫: 血液細胞の一種である「形質細胞」ががん化し、主に骨髄で増える病気です。骨を溶かして痛みや骨折を引き起こしたり、正常な血液細胞の産生を妨げたりします。

このように、がんの「出身地」によって、その性質は全く異なるのです。

分類法2:進行度による分類(ステージ) – がんの「勢力図」

がんの治療方針を決める上で、もう一つ非常に重要なのが「進行度(ステージ)」です。がんがどれくらい大きくなり、周りに広がり、遠くに転移しているかを示す指標です。

国際的には「TNM分類」という基準が広く使われています。

  • T(Tumor):原発巣の大きさや広がり
    • がんの塊がどれだけ大きいか、周りの組織にどれだけ深く浸潤しているかを示します。T1、T2、T3、T4と数字が大きくなるほど、がんが進行していることを意味します。
  • N(Node):所属リンパ節への転移の有無と広がり
    • がん細胞は、近くのリンパ節に転移しやすい性質があります。どの範囲のリンパ節まで転移があるかを示します。N0(転移なし)、N1、N2、N3と数字が大きくなるほど、転移が広がっていることを意味します。
  • M(Metastasis):遠隔転移の有無
    • 肺や肝臓、脳、骨など、発生した場所から離れた臓器への転移(遠隔転移)があるかどうかを示します。M0(遠隔転移なし)かM1(遠隔転移あり)で評価します。

これらT・N・Mの3つの要素を総合的に評価して、最終的に「ステージI(1期)」「ステージII(2期)」「ステージIII(3期)」「ステージIV(4期)」のように分類します。

一般的に、

  • ステージI: がんが小さく、原発巣にとどまっている早期の状態。
  • ステージII: がんが少し大きくなったり、周りの組織に広がり始めている状態。
  • ステージIII: がんがさらに大きくなり、近くのリンパ節への転移が認められる状態。
  • ステージIV: 遠隔転移が認められる状態。最も進行した段階。

このステージ分類によって、手術が可能かどうか、抗がん剤や放射線治療をどのように組み合わせるかといった、治療の全体設計図が作られます。早期であるステージIで発見できれば、手術だけで治癒(根治)を目指せる可能性が高くなりますが、ステージIVになると、全身に広がったがんをコントロールするための薬物療法が治療の中心となります。

つまり、がんと診断された時、「何がんですか?」という「出身地」と、「ステージはいくつですか?」という「勢力図」の両方を知ることが、自分の病状を理解する上で不可欠なのです。


第3部:主要ながんの種類 – あなたや家族に関わるかもしれない10の物語

ここからは、日本で罹患する人が多い代表的ないくつかのがんについて、その特徴や原因、そして実際のケースを交えながら、より具体的に掘り下げていきます。一つひとつの物語は、決して他人事ではありません。あなたや、あなたの家族、友人の物語になるかもしれないのです。

1. 肺がん – 沈黙の臓器に潜む、多様な顔

肺は「沈黙の臓器」と呼ばれます。初期の段階では症状がほとんどなく、健康診断の胸部X線写真で偶然発見されるケースも少なくありません。かつては「喫煙者の病気」というイメージが強かったですが、近年はタバコを吸わない人、特に女性の肺がんも増えており、その原因や性質の多様性が注目されています。

  • 概要: 気管支や肺胞の細胞ががん化する病気。組織型によって、主に「腺がん」「扁平上皮がん」「小細胞がん」「大細胞がん」の4つに分類されます。特に、非喫煙者に多いのは「腺がん」です。
  • 原因とリスク因子: 最大のリスク因子は喫煙です。本人の喫煙(能動喫煙)はもちろん、周りの人のタバコの煙を吸うこと(受動喫煙)もリスクを高めます。その他、アスベスト(石綿)などの有害物質への曝露、大気汚染、そして遺伝的な要因も関係すると考えられています。近年では、特定の遺伝子変異(EGFR、ALKなど)ががんの発生に直接関わっていることが解明され、治療薬の開発に繋がっています。
  • 初期症状: 長引く咳、痰、血痰、胸の痛み、息切れ、声のかすれなど。しかし、これらは風邪の症状と似ているため、見過ごされがちです。
  • 検査・診断: 胸部X線、CT検査で影の有無を確認し、気管支鏡検査や針生検で組織を採取して、がん細胞の有無を確定します。がんの広がりを見るためにPET-CT検査なども行われます。
  • 主な治療法: ステージや組織型、遺伝子変異の有無によって大きく異なります。
    • 手術: 早期の非小細胞がんで行われる根治療法。
    • 放射線治療: 手術が難しい場合や、骨・脳への転移の症状緩和などに用いられます。
    • 薬物療法:
      • 細胞障害性抗がん剤: 従来からある抗がん剤。がん細胞だけでなく正常な細胞も攻撃するため、副作用が出やすい。
      • 分子標的薬: がん細胞が持つ特定の遺伝子変異(EGFR、ALKなど)を標的に攻撃する薬。正常細胞への影響が少なく、高い効果が期待できますが、対応する遺伝子変異がある患者さんにしか使えません。
      • 免疫チェックポイント阻害薬: 人間が本来持つ免疫の力(T細胞)が、がん細胞を攻撃できるようにする薬。画期的な治療薬として注目されています。

ケース1:長年喫煙を続けてきたAさん(68歳・男性)

Aさんは40年以上、毎日一箱のタバコを吸い続けてきました。最近、2ヶ月以上も咳が止まらず、痰に血が混じるようになったため、近くのクリニックを受診。胸部X線で異常な影が見つかり、総合病院を紹介されました。精密検査の結果、「扁平上皮肺がん、ステージIII」と診断。がんは肺の中心部にあり、近くのリンパ節にも転移が見られました。手術は難しいと判断され、放射線治療と抗がん剤治療を組み合わせた化学放射線療法を開始することになりました。Aさんは「もっと早くタバコをやめておけば…」と後悔しましたが、医師から「今からでも禁煙は治療効果を高めます。一緒に頑張りましょう」と励まされ、治療に前向きに取り組んでいます。

ケース2:タバコを吸わないBさん(45歳・女性)

専業主婦のBさんは、タバコとは全く無縁の生活を送ってきました。しかし、健康診断の胸部CTで肺に小さなすりガラス状の影が見つかりました。自覚症状は全くありませんでした。精密検査の結果、「腺がん、ステージI」と診断されました。さらに遺伝子検査で「EGFR遺伝子変異」が見つかりました。幸い早期発見だったため、胸腔鏡を使った低侵襲手術でがんを完全に取り除くことができました。術後の再発予防は必要なく、定期的な経過観察となりました。Bさんは「タバコを吸わないから自分は大丈夫だと思っていた。検診を受けていなかったらと思うとぞっとする」と、検診の重要性を改めて実感しました。


2. 胃がん – ピロリ菌との長い戦い

かつて日本は「胃がん大国」と呼ばれていました。現在では死亡率は減少傾向にありますが、依然として罹患数の多いがんの一つです。その最大の原因が「ヘリコバクター・ピロリ菌(ピロリ菌)」の感染であることが解明され、予防や早期発見の考え方が大きく変わりました。

  • 概要: 胃の壁の最も内側にある粘膜の細胞ががん化する病気。
  • 原因とリスク因子: 最大の原因はピロリ菌の持続感染です。ピロリ菌が胃に長くいることで慢性的な炎症(慢性胃炎)が起こり、胃の粘膜が萎縮(萎縮性胃炎)し、そこからがんが発生しやすくなります。その他、塩分の多い食事、野菜・果物不足、喫煙などもリスクを高めます。
  • 初期症状: 初期は無症状のことがほとんどです。進行すると、胃の不快感、胸やけ、吐き気、食欲不振、黒い便(タール便)などが出ることがあります。
  • 検査・診断: 胃X線(バリウム)検査や、胃内視鏡(胃カメラ)検査で診断します。内視鏡検査では、疑わしい部分の組織を採取して病理検査を行い、がんを確定させます。
  • 主な治療法:
    • 内視鏡治療(ESD): ごく早期のがんで、リンパ節転移の可能性が極めて低い場合に、口から入れた内視鏡でがんを剥ぎ取る治療。体への負担が非常に少ないです。
    • 手術: 胃がん治療の基本。がんの場所やステージに応じて、胃の一部または全部を切除し、周りのリンパ節も郭清(かくせい)します。
    • 薬物療法: 進行・再発した場合に行います。抗がん剤や、がん細胞の特定の分子(HER2など)を狙う分子標的薬、免疫チェックポイント阻害薬などが用いられます。

ケース3:市の検診で早期発見されたCさん(55歳・男性)

営業職のCさんは、仕事の付き合いでお酒を飲む機会が多く、食事の時間も不規則でした。特に自覚症状はありませんでしたが、市から届いた胃がん検診の案内を見て、バリウム検査を受けました。結果は「要精密検査」。不安な気持ちで胃カメラを受けたところ、2cmほどの早期胃がんが見つかりました。幸い、がんは粘膜内にとどまっており、内視鏡的粘膜下層剥離術(ESD)で完全に取り除くことができました。入院は1週間ほどで、お腹に傷も残りませんでした。検査でピロリ菌の陽性が判明したため、除菌治療も行いました。Cさんは「面倒くさがらずに検診を受けて本当によかった。これからは生活習慣も見直そう」と心に誓いました。


3. 大腸がん – 食生活の欧米化が生んだ現代病

大腸がんは、食生活の欧米化(高脂肪・低食物繊維)に伴い、日本で急速に増加しているがんの一つです。特に女性のがんによる死亡原因の第1位となっています。しかし、大腸がんは早期に発見すれば治癒率が非常に高く、検診が極めて有効ながんでもあります。

  • 概要: 大腸(結腸・直腸)の粘膜に発生するがん。多くは「腺腫(せんしゅ)」という良性のポリープががん化して発生します。
  • 原因とリスク因子: 赤肉(牛・豚・羊肉)や加工肉(ハム・ソーセージなど)の過剰摂取、肥満、運動不足、飲酒、喫煙といった生活習慣が主なリスク因子です。また、家族に大腸がんの人がいる場合(家族性大腸腺腫症、リンチ症候群など)は、リスクが高まります。
  • 初期症状: 血便、便が細くなる、便秘と下痢を繰り返す、残便感、腹痛など。痔と間違えやすい症状も多いため注意が必要です。
  • 検査・診断: まず行われるのが「便潜血検査」です。便に血液が混じっていないかを調べる簡単な検査で、陽性だった場合に大腸内視鏡(大腸カメラ)検査で精密検査を行います。内視鏡でポリープやがんが見つかれば、組織を採取して診断を確定します。
  • 主な治療法:
    • 内視鏡治療: 早期のがんやポリープであれば、大腸カメラで切除可能です。
    • 手術: がんが進行している場合の標準治療。がんのある腸管と周りのリンパ節を切除します。直腸がんの場合は、肛門の機能を温存できるかどうかが大きな課題となります。腹腔鏡手術やロボット支援手術といった低侵襲手術も広く行われています。
    • 薬物療法: 進行・再発した場合や、手術後の再発予防(補助化学療法)として行われます。抗がん剤、分子標的薬が中心となります。
    • 放射線治療: 主に直腸がんで、手術前後の補助療法や、再発した場合の症状緩和のために行われます。

ケース4:便潜血検査をきっかけに発見されたDさん(48歳・女性)

2人の子供を育てるDさんは、会社の健康診断で受けた便潜血検査で「陽性」という結果を受け取りました。自覚症状は全くなく、「きっと痔だろう」と軽く考えていましたが、念のため近所のクリニックで大腸カメラを受けました。すると、S状結腸に3cmほどのがんが見つかりました。「ステージII」との診断で、腹腔鏡手術を受けることになりました。手術は成功し、術後の補助化学療法を半年間行いました。現在は再発もなく、元気に仕事と子育てを両立しています。Dさんは友人に「症状がなくても、検査は絶対に受けた方がいい。あの一枚の紙が私の命を救ってくれた」と話しています。


4. 乳がん – 女性にとって最も身近な、そして多様ながん

乳がんは、日本人女性が最もかかりやすいがんで、9人に1人が生涯で罹患すると言われています。30代から増え始め、40代後半から60代後半にピークを迎えます。乳がんは自分で発見できる可能性がある数少ないがんですが、その性質は非常に多様で、治療法も個別化が進んでいます。

  • 概要: 乳房の中にある、母乳を作る「乳腺」にできるがん。
  • 原因とリスク因子: 女性ホルモンであるエストロゲンが深く関わっています。初経年齢が早い、閉経年齢が遅い、出産経験がない、授乳経験がない、閉経後の肥満、飲酒習慣などがリスクを高めます。また、家族に乳がんや卵巣がんの人がいる場合、遺伝性乳がん卵巣がん症候群(HBOC)の可能性があり、BRCA1/2という遺伝子の変異が関わっていることがあります。
  • 初期症状: 最も多いのは「乳房のしこり」です。その他、乳房のくぼみやひきつれ、乳頭からの分泌物(特に血液が混じったもの)、乳頭のただれ、脇の下のリンパ節の腫れなどがあります。
  • 検査・診断: まずは自分で触ってしこりがないかを確認する「自己検診(セルフチェック)」が重要です。検診ではマンモグラフィ(乳房X線検査)や超音波(エコー)検査が行われます。異常が見つかった場合は、針生検で組織を採取し、がんを確定します。
  • 主な治療法: 治療方針は、がんの広がり(ステージ)と、がんの性質(サブタイプ)によって決まります。サブタイプは、ホルモン受容体の有無、HER2タンパクの有無、増殖能力(Ki67)などによって分類されます。
    • 手術: 乳房温存手術(がんの部分だけを切除)と乳房全切除術があります。近年は、乳房再建も保険適用となり、選択肢が広がっています。
    • 放射線治療: 主に乳房温存手術後に、残した乳房内での再発を防ぐために行われます。
    • 薬物療法:
      • ホルモン療法: ホルモン受容体陽性のがんに有効。エストロゲンの働きを抑える薬を5~10年間服用します。
      • 分子標的薬: HER2陽性のがんに高い効果を示す抗HER2薬や、BRCA遺伝子変異陽性のがんに有効なPARP阻害薬などがあります。
      • 細胞障害性抗がん剤: がんの増殖が速いタイプ(トリプルネガティブ乳がんなど)や、進行・再発した場合に用いられます。
      • 免疫チェックポイント阻害薬: 一部のトリプルネガティブ乳がんに使われます。

ケース5:若年性乳がんと診断されたEさん(35歳・女性)

デザイン会社で働くEさんは、入浴中に右胸のしこりに気づきました。「まだ若いから大丈夫」と思おうとしましたが、不安が消えず乳腺クリニックを受診。検査の結果、「乳がん、ステージII」と診断されました。がんの性質は、ホルモン受容体は陽性、HER2は陰性、増殖能力が高い「ルミナルB」タイプでした。Eさんは結婚したばかりで、将来子供を持つことを望んでいました。医師と相談し、手術の前に抗がん剤治療(術前化学療法)を行い、がんを小さくしてから乳房温存手術を受ける方針となりました。また、抗がん剤治療の前に、将来の妊娠に備えて卵子を凍結保存(妊孕性温存)することを選びました。治療は心身ともに辛いものでしたが、夫や家族の支えで乗り越え、現在はホルモン療法を続けながら、仕事にも復帰しています。「がんになったことで、人生で本当に大切なものが見えた気がする」とEさんは語ります。


5. 肝臓がん – ウイルスとの戦いから生活習慣病へ

肝臓がんの多くは「肝細胞がん」です。かつてはB型肝炎ウイルスやC型肝炎ウイルスへの持続感染が原因のほとんどを占めていましたが、近年、ウイルスの治療法が劇的に進歩したことで、ウイルス性肝がんは減少。代わりに、肥満や糖尿病などを背景とした「非アルコール性脂肪性肝炎(NASH)」からの肝がんが増加しており、その原因は生活習慣病へとシフトしつつあります。

  • 概要: 肝臓を構成する「肝細胞」ががん化したもの。
  • 原因とリスク因子: B型・C型肝炎ウイルスの持続感染が最大の原因。これにより慢性肝炎、肝硬変へと進み、肝がんが発生します。その他、アルコールの過剰摂取、喫煙、そして近年注目されているのが、肥満・糖尿病・脂質異常症を背景とする非アルコール性脂肪性肝炎(NASH)です。
  • 初期症状: 肝臓も「沈黙の臓器」であり、初期は無症状です。進行すると、腹部のしこり、痛み、圧迫感、黄疸(皮膚や白目が黄色くなる)、むくみ、だるさなどが出現します。
  • 検査・診断: 肝炎ウイルスのキャリアや肝硬変の患者さんは、定期的に腹部超音波(エコー)検査と腫瘍マーカー(AFP, PIVKA-II)の測定を行います。異常があれば、CTやMRIで精密検査を行い、診断を確定します。
  • 主な治療法: 肝機能がどれだけ保たれているか(肝予備能)と、がんの進行度(個数、大きさ、血管への広がり、転移の有無)を考慮して治療法が選択されます。
    • 手術(肝切除): がんを取り除く最も根治的な治療法ですが、十分な肝機能が残っていることが条件です。
    • ラジオ波焼灼療法(RFA): 体の外から針を刺し、ラジオ波でがんを焼き固める治療。比較的小さく、個数が少ないがんに有効です。
    • 肝動脈化学塞栓療法(TACE): がんを栄養する血管を詰め、抗がん剤を局所的に注入する治療。手術が難しい多発性の肝がんに広く行われます。
    • 薬物療法: 進行して手術や焼灼療法ができない場合に、分子標的薬や免疫チェックポイント阻害薬が用いられます。

ケース6:C型肝炎から肝がんになったFさん(68歳・男性)

Fさんは若い頃の輸血が原因でC型肝炎ウイルスに感染し、長年、慢性肝炎と付き合ってきました。定期的な検診を続けていましたが、ある年のエコー検査で肝臓に2.5cmの腫瘍が見つかりました。「肝細胞がん」の診断でした。幸い、がんは1つだけで転移もなく、肝機能も比較的保たれていたため、ラジオ波焼灼療法(RFA)で治療することになりました。治療は数日で退院でき、その後、C型肝炎自体も新薬でウイルスを排除することに成功しました。Fさんは「肝炎の治療が進歩して本当に良かった。がんになっても諦めずに、しっかり検査を続けることが大事だと痛感した」と語っています。


6. 膵臓がん – 発見の難しさ、「サイレントキラー」との闘い

膵臓がんは、数あるがんの中でも特に治療が難しい「難治がん」の代表格です。その理由は、体の奥深くにあるため症状が出にくく、早期発見が非常に困難なこと、そして進行が速く、周りの重要な血管や臓器に広がりやすい性質を持つためです。

  • 概要: 食べ物の消化を助ける膵液を作る膵臓にできるがん。ほとんどが「浸潤性膵管がん」です。
  • 原因とリスク因子: 喫煙、肥満、慢性膵炎、糖尿病、家族歴(遺伝)などがリスク因子として知られています。
  • 初期症状: 初期は無症状です。進行すると、腹痛、背中の痛み、食欲不振、体重減少、黄疸などが現れます。特に、原因不明の背中の痛みや、急に糖尿病が悪化した場合は注意が必要です。
  • 検査・診断: 腹部超音波(エコー)検査が入口となりますが、膵臓は胃の裏側にあるため、全体を観察しにくいという欠点があります。疑わしい場合は、造影CT、MRI(特にMRCP)、超音波内視鏡(EUS)といった精密検査が行われます。
  • 主な治療法: 手術で切除できるかどうかが、治癒を目指す上での大きな分かれ目となります。
    • 手術: 唯一、根治が期待できる治療法。しかし、発見時に手術可能な患者さんは全体の20%程度と言われています。膵頭部がんでは膵頭十二指腸切除術、膵体尾部がんでは膵体尾部切除術という、非常に難易度の高い手術が行われます。
    • 薬物療法: 手術ができない場合や、手術後の再発予防に行われる中心的な治療。複数の抗がん剤を組み合わせるFOLFIRINOX療法やゲムシタビン+ナブパクリタキセル併用療法などが標準治療です。
    • 放射線治療: 薬物療法と組み合わせたり、痛みの緩和を目的として行われます。

ケース7:背中の痛みをきっかけに発見が遅れたGさん(58歳・女性)

Gさんは数ヶ月前から続く背中の鈍い痛みに悩まされていました。整形外科では「年のせい」と言われ、湿布で様子を見ていましたが、次第に食欲がなくなり、体重が5kgも減少。さらには白目が黄色くなっていることに家族が気づき、総合病院を受診しました。精密検査の結果、「膵臓がん、ステージIV」。がんは膵臓の頭部にでき、すでに肝臓へ多数転移していました。手術はできず、抗がん剤治療を開始することになりました。Gさんは「あの時、ただの腰痛だと思わずに、もっと早く消化器内科を受診していれば…」と悔やみました。現在は、痛みやだるさなどの症状を和らげながら、家族との時間を大切に過ごしています。このケースは、膵臓がんの早期発見の難しさを物語っています。


7. 前立腺がん – 高齢男性とPSA検査の課題

前立腺がんは、男性特有のがんで、特に高齢者に多く見られます。進行が非常にゆっくりなタイプ(おとなしいがん)から、進行が速く転移しやすいタイプ(悪性度の高いがん)まで、その性質は様々です。PSA(前立腺特異抗原)検査という簡単な血液検査の普及により、早期発見が増えました。

  • 概要: 膀胱の下にある前立腺の細胞ががん化する病気。
  • 原因とリスク因子: 加齢が最大のリスク因子です。その他、家族歴、動物性脂肪の多い欧米型の食生活などが関わっていると考えられています。
  • 初期症状: 初期は無症状です。進行してがんが大きくなると、尿が出にくい、頻尿、残尿感といった前立腺肥大症と似た症状が出ます。さらに進行して骨に転移すると、腰痛などの痛みが現れます。
  • 検査・診断: PSA検査で血液中のPSA値を測定します。基準値を超えた場合、直腸診(医師が肛門から指を入れて前立腺を触診)やMRI検査を行い、最終的には前立腺に針を刺して組織を採取する「前立腺生検」で診断を確定します。
  • 主な治療法: がんの悪性度(グリソンスコア)、広がり(ステージ)、年齢、合併症、本人の希望などを考慮して、多様な選択肢から治療法が選ばれます。
    • 監視療法: 悪性度が低く、ごく早期のがんの場合、すぐに治療を開始せず、定期的なPSA検査や生検で厳重に経過を観察する方法。
    • 手術: 前立腺をすべて摘出する根治的前立腺全摘除術。近年はロボット支援手術が主流で、より精密な手術が可能になっています。
    • 放射線治療: 体の外から放射線を照射する外部照射と、前立腺内部に小さな線源を埋め込む組織内照射(密封小線源治療)があります。
    • ホルモン療法(内分泌療法): 前立腺がんは男性ホルモンを栄養にして増殖するため、男性ホルモンの分泌や働きを抑えることでがんの進行を抑制します。主に進行がんに対して行われます。

ケース8:PSA検査で早期発見されたHさん(72歳・男性)

定年退職後の生活を楽しんでいたHさんは、市の健康診断で受けたPSA検査の値が基準値をわずかに超えていると指摘されました。自覚症状は全くありませんでしたが、泌尿器科を受診し、精密検査を受けた結果、「前立腺がん」と診断されました。幸い、がんは前立腺内にとどまる早期の段階で、悪性度も中程度でした。医師から手術、放射線治療、監視療法という選択肢を提示され、家族とよく話し合った結果、副作用の少ないロボット支援手術を受けることを決意しました。手術は成功し、現在は後遺症である軽い尿漏れのリハビリをしながら、元気に趣味のゴルフを再開しています。


8. 子宮頸がん – ワクチンで予防できる、若い世代のがん

子宮がんは、子宮の入り口部分(子宮頸部)にできる「子宮頸がん」と、子宮の奥の体部にできる「子宮体がん」に分けられ、この二つは原因も性質も全く異なるがんです。ここで取り上げる子宮頸がんは、20代から30代の若い女性に急増しており、マザーキラーとも呼ばれています。しかし、原因がほぼ解明されており、ワクチンで予防できる唯一のがんでもあります。

  • 概要: 子宮の入り口である子宮頸部にできるがん。
  • 原因とリスク因子: ほぼ100%がヒトパピローマウイルス(HPV)というウイルスの持続的な感染が原因です。HPVは性交渉の経験がある女性なら誰でも感染する可能性のある、ごくありふれたウイルスです。多くの場合、感染しても免疫力で自然に排除されますが、一部のハイリスク型のHPVが長期間感染し続けると、がんの前段階(異形成)を経て、数年から十数年かけて子宮頸がんに進行します。
  • 初期症状: 初期は無症状です。進行すると、不正性器出血(特に性交渉時の出血)、普段と違うおりもの、下腹部痛などが現れます。
  • 検査・診断: 子宮頸がん検診(細胞診)で、子宮頸部の細胞をブラシなどでこすり取り、異常な細胞がないかを顕微鏡で調べます。異常が見つかった場合、コルポスコープという拡大鏡で詳しく観察し、組織を採取して診断を確定します。
  • 主な治療法: がんの前段階である異形成や、ごく早期の上皮内がんであれば、子宮頸部の一部を円錐状に切除する「円錐切除術」で治療します。この方法なら、将来の妊娠・出産も可能です。がんが進行している場合は、子宮を摘出する手術や、放射線治療、抗がん剤治療が行われます。
  • 予防: 何よりも重要なのが予防です。HPVワクチンを接種することで、がんの原因となる主要なHPVの感染を90%以上防ぐことができます。また、20歳になったら定期的に子宮頸がん検診を受けることで、がんになる前の段階で発見し、治療することが可能です。

ケース9:検診を受けずに進行してしまったIさん(29歳・女性)

Iさんは仕事が忙しく、市から届く子宮頸がん検診の案内を何年も無視していました。最近、性交渉のたびに少量出血することに気づきましたが、「疲れているせいだろう」と放置。しかし、出血量が増えてきたため、ようやく婦人科を受診しました。検査の結果は「子宮頸がん、ステージIIB」。がんは子宮頸部を越えて、周りの組織にまで広がっていました。手術はできず、放射線治療と抗がん剤を同時に行う化学放射線療法が選択されました。治療によりがんを克服することはできましたが、Iさんは子宮と卵巣の機能を失い、子供を産むことができなくなりました。「あの時、たった一度でも検診に行っていれば…。未来が全く変わってしまっていた」と、彼女は深い後悔の念を抱えています。


9. 白血病 – 血液という海で増殖する、全身の病

白血病は、血液細胞が作られる骨髄で、異常な血液細胞(白血病細胞)ががん化して無制限に増え続ける病気です。固形の塊を作らず、がん細胞が血液に乗って全身をめぐるため、発見された時点で全身の病として扱われます。急激に進行する「急性白血病」と、ゆっくり進行する「慢性白血病」に大別されます。

  • 概要: 血液の工場である骨髄の異常。異常な白血球が増えることで、正常な赤血球(貧血)、白血球(感染)、血小板(出血)が作れなくなり、様々な症状を引き起こします。
  • 原因とリスク因子: 多くの場合は原因不明です。一部で、放射線被曝、特定の化学物質(ベンゼンなど)、遺伝的な要因、他の抗がん剤治療の影響などがリスクとして知られています。
  • 初期症状: 急性白血病では、急な発熱、だるさ、動悸・息切れ(貧血症状)、あざや鼻血が出やすい(出血症状)などが突然現れます。慢性骨髄性白血病では、初期は無症状で、健康診断の血液検査の異常で偶然見つかることが多いです。
  • 検査・診断: 血液検査で白血球の異常な増加や、赤血球・血小板の減少が見られます。確定診断のためには、腰の骨から骨髄液を採取する「骨髄穿刺(マルク)」を行い、骨髄中の白血病細胞の割合や種類を調べます。
  • 主な治療法:
    • 化学療法(抗がん剤治療): 白血病治療の中心。複数の抗がん剤を組み合わせて、全身の白血病細胞を叩きます。
    • 分子標的薬: 慢性骨髄性白血病(CML)では、がんの原因となる特定の遺伝子(BCR-ABL)の働きを抑える分子標的薬(イマチニブなど)が開発され、飲み薬だけで病気をコントロールできる時代になりました。急性前骨髄球性白血病(APL)でも、特定の分子を標的とした薬で高い治癒率が得られます。
    • 造血幹細胞移植: 大量の化学療法や全身放射線照射で骨髄中の白血病細胞を根絶やしにした後、健康なドナーから提供された造血幹細胞を移植する治療法。難治性・再発性の白血病に対して行われます。

ケース10:急な発熱とあざで診断されたJ君(8歳・男の子)

活発で元気だったJ君が、ある日突然40℃近い高熱を出し、顔色も真っ青になりました。足にはぶつけた覚えのない青あざがたくさんできていました。近所の小児科からすぐに大学病院に紹介され、検査の結果、「急性リンパ性白血病(ALL)」と診断されました。小児に最も多い白血病です。J君はすぐに入院し、数種類の抗がん剤を組み合わせた化学療法が始まりました。長い入院生活、髪の毛が抜ける副作用、辛い検査の数々。家族は何度も心を痛めましたが、J君は院内学級の友達と励まし合いながら、懸命に治療を乗り越えました。約2年間の治療を終え、現在は寛解(かんかい:検査で見つけられる範囲でがん細胞がなくなった状態)となり、元気に学校へ通っています。


第4部:希少がん・小児がん – 見過ごされがちな戦い

これまで紹介してきたのは、比較的患者数の多い「5大がん」を中心としたがんでした。しかし、世の中には患者数が非常に少なく、情報も専門医も限られている「希少がん」や、大人のがんとは全く性質が異なる「小児がん」と闘っている人々もいます。

希少がん – 診断と治療の壁

希少がんとは、「人口10万人あたりの年間発生数が6例未満」のがんと定義されており、その種類は200近くあると言われています。例えば、骨や筋肉にできる「肉腫(サルコーマ)」、眼球内にできる「悪性黒色腫(メラノーマ)」、神経の細胞から発生する「神経内分泌腫瘍(NET)」など、多岐にわたります。

希少がんの患者さんが直面する困難は深刻です。

  • 診断の遅れ: 症例が少ないため、初期症状が出ても医師が希少がんを疑いにくく、診断までに時間がかかることがあります。
  • 情報の不足: 患者さん自身が病気について調べようとしても、インターネットや書籍で得られる情報が極端に少ないです。
  • 専門医・専門施設の不足: 治療経験の豊富な医師や病院が限られているため、遠方の病院まで通わなければならないケースも多いです。
  • 治療法の開発の遅れ: 患者数が少ないため、製薬会社にとって治療薬の開発が進めにくく、標準治療が確立されていないがんも少なくありません。

こうした課題を解決するため、国立がん研究センターに「希少がんセンター」が設置され、全国の専門家と連携して情報提供や治療開発に取り組む動きが進んでいます。もし、希少がんの疑いがあると告げられたら、まずはこうした専門機関に相談することが重要です。

小児がん – 小さな体で闘う子どもたち

年間約2,000人から2,500人の子どもたちが、小児がんと診断されています。小児がんは、大人のがんとは発生する種類が大きく異なります。大人の場合は肺がんや胃がんといった「癌腫」が多いのに対し、小児がんでは白血病、脳腫瘍、神経芽腫、骨肉腫といった、血液や体の未熟な細胞から発生するがんがほとんどです。

小児がん治療の特徴は、

  • 集学的治療: 手術、化学療法、放射線治療を組み合わせた強力な治療が行われます。
  • 専門施設での治療: 小児がん拠点病院など、専門の小児血液・腫瘍専門医や看護師、心理士などがチームで治療にあたります。
  • 晩期合併症へのケア: 治療を乗り越えた後も、成長障害、不妊、二次がんなど、治療の影響が数年後、数十年後に出てくる「晩期合併症」のリスクがあります。そのため、成人してからも継続的なフォローアップ(長期フォローアップ)が非常に重要になります。

医療の進歩により、小児がん全体の70~80%は治癒が期待できるようになりました。しかし、その裏には過酷な治療と、その後の人生に長く続く課題があることも、私たちは忘れてはなりません。


第5部:がん研究の最前線 – 未来を照らす希望の光

がんとの闘いの歴史は、絶え間ない研究開発の歴史でもあります。今、がん治療は「がん」という病気をひとくくりにする時代から、患者さん一人ひとりの「がんの個性」に合わせて治療法を選択する「個別化医療(プレシジョン・メディシン)」の時代へと、大きな転換点を迎えています。ここでは、未来の希望となるいくつかの最先端研究をご紹介します。

1. がんゲノム医療 – あなただけのがんの設計図を読み解く

同じ肺がんであっても、ある患者さんには劇的に効く薬が、別の患者さんには全く効かない、ということが起こります。これは、それぞれの患者さんのがん細胞が持つ「遺伝子の異常(遺伝子変異)」が異なるためです。

がんゲノム医療では、「がん遺伝子パネル検査」という方法で、一度に数百ものがん関連遺伝子を調べ、その患者さんのがんの原因となっている遺伝子変異を突き止めます。そして、その特定の変異をピンポイントで狙い撃ちする「分子標的薬」が見つかれば、それを使って治療を行うことができます。

これはまさに、がん治療のオーダーメイドです。まだすべてのがん患者さんに最適な薬が見つかるわけではありませんが、これまで治療法がなかった患者さんに新たな選択肢をもたらす、大きな希望となっています。

2. リキッドバイオプシー – 血液一滴でがんを探す

がんの診断や治療効果の判定には、組織を採取する「生検」が不可欠ですが、患者さんの体への負担が大きいという課題がありました。そこで期待されているのが「リキッドバイオプシー(液体生検)」です。

がん細胞は、死滅する際に自らのDNAの断片を血液中に放出します。リキッドバイオプシーは、採血した血液の中から、このごく微量のがん由来DNA(ctDNA)を検出し、その遺伝子変異を解析する技術です。

これにより、以下のようなことが可能になると期待されています。

  • 超早期発見: 症状が出る前の、画像検査でも見つけられないような小さながんを発見する。
  • 治療薬の選択: 手術が難しい患者さんでも、血液検査だけで最適な分子標的薬を見つける。
  • 再発のモニタリング: 手術後に定期的に血液検査を行い、ごく初期の再発の兆候を捉える。

まだ研究開発段階の技術も多いですが、将来的には健康診断の血液検査でがんが発見できる、そんな未来が来るかもしれません。

3. 進化する免疫療法 – がんを攻撃する免疫の力を最大限に

私たちの体には、がん細胞などの異物を排除する「免疫」という仕組みが備わっています。しかし、がん細胞は巧みに免疫の監視から逃れる術を身につけています。免疫療法は、この免疫のブレーキを外したり、免疫細胞を強化したりして、再びがんを攻撃できるようにする治療法です。

「免疫チェックポイント阻害薬(オプジーボ、キイトルーダなど)」は、がん細胞が免疫にかけているブレーキを解除する薬で、多くのがん種で劇的な効果を上げています。

さらに新しい免疫療法として「CAR-T(カーティー)細胞療法」が登場しました。これは、患者さん自身の免疫細胞(T細胞)を一度体外に取り出し、がん細胞を特異的に攻撃できるように遺伝子改変(CARを導入)を加えて、再び体内に戻すという治療法です。一部の血液がんに対して、既存の治療法では効果がなかった患者さんに驚くべき効果を示しており、「夢の治療法」とも呼ばれています。

4. AI(人工知能)との協働 – 診断と治療の精度向上へ

医療の世界でもAIの活用が急速に進んでいます。例えば、内視鏡やCTなどの画像診断では、人間の目では見逃してしまうような微細ながんの兆候をAIが発見する支援システムが実用化されています。また、膨大な医学論文や臨床データをAIが解析し、個々の患者さんに最適な治療法を提案するシステムの開発も進められています。

AIは医師に取って代わるものではなく、医師の能力を拡張し、より質の高い医療を患者さんに届けるための強力なパートナーとなるでしょう。

これらの最先端技術は、まだ一部の患者さんにしか届いていないものもあります。しかし、その進歩のスピードは目覚ましく、5年前には不可能だったことが、今では標準治療になっていることも少なくありません。がん治療の未来は、決して暗いものではないのです。


おわりに – がんと共に生きる時代へ

長い旅にお付き合いいただき、ありがとうございました。

ここまで読んでくださったあなたは、「がん」という言葉が、もはや単一の絶望的な響きを持つものではなく、無数の異なる顔、異なる物語、そして異なる未来を持つ、多様な病気の集合体であることを理解していただけたのではないでしょうか。

肺がん、胃がん、大腸がん、乳がん…それぞれのがんには、特有の原因があり、注意すべきサインがあり、そして希望となる治療法があります。ピロリ菌を除菌すれば胃がんのリスクは下がり、HPVワクチンと検診で子宮頸がんはほぼ予防できます。便潜血検査は大腸がんによる死から私たちを守ってくれます。そして、がんゲノム医療や免疫療法は、これまで諦めざるを得なかった患者さんに、新たな光を灯し始めています。

この記事で伝えたかったことは、ただ一つ。「正しく知ることは、力になる」ということです。

正しい知識は、漠然とした恐怖を具体的な行動へと変えてくれます。生活習慣を見直す、という予防の行動へ。検診を受ける、という早期発見の行動へ。そして万が一、あなたやあなたの大切な人ががんと診断された時、冷静に情報を受け止め、医師と対話し、納得して治療を選択するという行動へ。

がんと診断されることは、決して人生の終わりではありません。むしろ、そこから始まる新しい人生と向き合うためのスタートラインです。治療と仕事、生活をどう両立させていくか。患者さんやその家族を支える社会の仕組みも、少しずつですが整ってきています。

一人で抱え込まないでください。わからないことは医師に尋ねてください。不安な気持ちは家族や友人に、あるいは患者会で分かち合ってください。

この記事が、あなたにとって、そしてあなたの愛する人にとって、がんという未知の海を渡るための、信頼できる一枚の海図となることを心から願っています。未来は、私たちが持つ知識と、一歩を踏み出す勇気の中にあるのですから。

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